ねっちゅーしょー


本日は終業式なり。
まさしく拷問としか呼びようのない坂道を歩く私。
こんなアクセス悪くてよく人が集まるものだと、入学当初からぼやいてるのだが……はあ。
朝とはいえど、夏は夏らしく照りつける太陽に私はもうくらくらしちゃう。友人の口癖を借りてみる。
「なまえー!」
私のスクバがひったくられた。犯人は分かってるから驚きもしない。
「おはよー」
「もう少し驚いてよ!」
人のスクバ片手にクダリが私のまえに止まった。
「毎日してきたらさすがの私も慣れるわ」
自転車から降りたクダリが私のスクバを容赦なくカゴに突っ込んで隣を歩く。弁当入ってたら怒るよ全く。
「明日から補習とか勘弁してほしいよねえ」
「ホントだよ」
校門をくぐり、クダリと自分のスクバを受け取る。そのまま別れて靴箱の辺りまで歩いていれば、後ろからどんと軽い衝撃。
「お待たせー」
クダリにクダリのスクバを渡して一緒に教室へと向かう。
「バック置いてすぐ体育館だよね?」
「そうそう」
「またなっがいお話聞かなきゃだめなんでしょ、はあ」
「まあまあ、はやく行こう」
私をぐいぐい引っ張るクダリに身を任せ、全校生徒をすし詰めにした体育館に足を踏み入れた。
男女別れて並ぶようになっているから私は女子列に混じる。
一番日差しの強い正午くらいに帰るようになるから式は嫌いだ、あついなあ、と既に帰るとこにまで思考を飛ばす。
『ええ、だからしてみなさん我が校の生徒として』
長々しい話を右から左へと流す。あれ、今なんて言った。というかあのハゲ喋って……る?


目の前が真っ白になった。


ひんやりとした心地よい涼しさを感じて、目を開けた。
「知らない天井だ……」
「知ってるでしょ!」
「あれークダリ」
私の寝ていたベッドの脇に座るクダリが突っ込みを入れてきた。舌が回ってくれず、クダリぃみたいに言ってしまって眉を顰めてしまう。
「知らないよ」
「保健室だよー。あれ、なまえってば保健室来たことないっけ?」
「タブンネー」
「倒れちゃったんだよ熱中症だって」
「マジで?」
はははって笑いが漏れる。だから言っただろうが!長いだよ話が!!
「おかげですぐ終わったってみんな喜んでいたけどね」
「人の不幸を喜ぶなど、外道どもが!」
少し、いやすごく不服な私は体を起こせば、少しくらっときてしまう。クダリが私の隣に来て支えてくれた。
「だいじょーぶだよ、そんな病人みたいに」
「病人でしょ」
そうか、熱中症は病気か。
「今どうすればいいのかな」
「なまえのおかげで全部終了、みんな帰宅」
「うわあないわー」
「まあまあ、これでも飲んで」
「わーナタデココー」
手渡されたのは既にプルタブの開けられたナタデココドリンク。私がよく自販で買う奴だ。
「うまっ」
さっきまで寝ていたせいかホカホカしていた身体に冷たいそれが染み渡る。
「間接ちゅーだね」
「え、あ、クダリのだったの?」
私の方をじっと見て嬉しそうに笑ったクダリは「うん、なまえにあげるね」って言う。
「ご、ごめ」
「いいよ、あっぼくちょっと言ってくるねー」
クダリが保健室から出ていったところで、私は大きく息を吐いた。
「か、間接きすって」
なんとなく恥ずかしくなって枕に顔を埋める。本人は至って余裕そうに笑っていたのを思い出しすこし腹立たしい。
……。
ごくごくと缶を傾ける。熱を持っていた身体も冷たさに少し冷えた。ふう。
缶の裏に張り付いたナタデココ。勢いよく飲み過ぎた。いっぱいひっついてるなあ。どうにか取ろうとトントンと反対にひっくり返したりする。
「なにやってんの、なまえ」
「クダリ!?」
「あーひっついたんだー」
「そうなんだけど取れなくてさあ」
「諦めたらー」
「そうするー」
ナタデココが未だ張り付いた缶をゴミ箱に突っ込む。投げれるほど私のコントロールは良くない。
「クダリ、どこいってたの」
「ちょっと倒れたなまえちゃんのために馬車の準備」
「はあ?」
「さー行くよ」
わけのわからないことを言うクダリが私と自分のスクバと私の腕を掴み、保健室を出る。むわっとした空気が途端私達を包み込む。
「うえ」
「あっついねー」
「あれ自転車回してきたの?」
「うん、さっなまえ!乗って!」
「え!」
二人乗りとかそんなバカップルでも最近しないようなことを。
「はーやーくー」
スクバを早くもカゴに突っ込んだクダリが自転車に跨って、後ろに乗ろうとしない私を少し急かす。
「わ、私二人乗りしたことない」
「そーなの?大丈夫、ぼく落とさないから後ろに乗ってぎゅってして」
「う、うん」
そっと後ろに横向きに座ると少しだけ自転車が揺らいで重いだろうなあなんて思う。クダリに重いなんて思われたくないのだけど。
「じゃあぎゅってして」
クダリの腰の辺りに腕を回す。勝手が分からず、強くない程度の力で抱きつくと「もっとちゃんとしないと落ちちゃうよ」なんてことを言ってくる。さっきは落とさないって言ってたくせに!
抗議しようとすれば、動き始めた自転車に身体が固まる。ひい。
「ふふ」
背中しか見えないクダリから笑い声が聞こえてくる。
「大丈夫だって」
クダリの声と同時にがくんと自転車が傾く。
「へ……あ、うわああああ」
「なまえうるさーい」
猛スピードで坂道を下る自転車に私は夢中で身の安全のためにクダリに引っ付く。
風は気持ちいいが如何せん怖い。私はほかの生徒の視線を感じてクダリの背中に顔を押し付けた。


「花火大会一緒に行こうよ」
私を送り届けてくれたクダリは自転車を支えながらそう言った。
「うん、行こう」
「良かった、浴衣着てきてね」
「えー、まだ先でしょ」
「予約しとくの!」
「しなくたって埋まんないよ」
「したいんだからいいでしょ」
「あ、クダリここまで送ってくれてありがと」
「……ちょっとこっち来て」
手でおいでと呼ぶクダリに近づく。
ちゅっと音が鳴って、驚いた私が顔をあげるとクダリは既に自転車に跨っていた。
地面を蹴ったクダリはまた、坂道を降りるときと同じくらいの速さで遠ざかって行く。
「クダリも浴衣着てきてねー!」
聞こえるようにちょっと恥ずかしいけど声をあげれば、振り向かずに手を振ってくれた。
その姿に私は浴衣どこにあるかなあ、なんて早いのは私かもしれない。

夏はまだ、始まったばかり。

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