とある火曜日


ノボリさん吐きます、ご注意くださいまし。




優等生なノボリくんは帰りがけに先生に捕まってしまったらしく、私は教室で待っていた。
もう下校ラッシュも終わり、ぱらぱらと何人か帰っている程度で趣味人間観察とか痛いことを言ってられないから、野球部の声を聴きつつケータイをいじる。が今日に限り充電があまりないことに気付いてポケットにしまう。
「……!」
教室の前を歩いているノボリくんと目が合った。そうしたらぱあっと顔を輝かせたノボリくん。否、あれはきっと。
「君がなまえ!?」
「あ、はい」
「僕クダリ!」
「うん、知ってる」
まあその顔で違う人である方が怖いよね。
「えへへ、ノボリの彼女だよね」
「あー多分」
「多分って訳わかんないよ!この前も一緒に映画行ってたよね」
「うん、クダリくんと毎年いってるんだっけ」
「そうだよー」
クダリくんは笑う。私も笑った。
話しやすさにクダリくんがモテるのもよくわかると内心頷く。
「ねえ、なまえちゃん」
ちゃん?
さっきまでまるで気にしなかったがなれなれしく私のことを呼び捨てにしていたというのに、いきなりちゃんを付けて呼んできたクダリ君を見る。
その肩越しにノボリくんを見て、口を開こうとした瞬間私はクダリ君の顔が鼻が当たる距離まで近づいた。
ご丁寧にちゅっとリップ音を鳴らすものだから肩越しのノボリくんがこの世のものとは思えないような表情をしていた。
「ノボリくっ……違」
ノボリくんは鞄を手から滑り落として、走って行ってしまう。
私は追おうと足を動かそうとすれば、ぱしっと手を掴まれる。
クダリくんだ。
「だめ?」
何がだめ?だよ、訳わからん。意味がさっぱりだ。じっと見られた熱いような視線に呑まれそうになる。
「……だめ」
「良かった」
熱い視線もぱっと消え失せ、ほっと胸を撫で下ろしたクダリくんが私をじっと見てくる。
「ノボリのとこ行く?」
「まあ、そうなるかなあ」
「うん、行こう」
私の手をきゅっと握るとクダリくんは階段も足のリーチもまったく気にする気がないらしく、校門のところにたどり着く前に私は足をもつらせた。
そんな私を見たクダリくんは少し馬鹿にしたようないらっとする笑いをその表情筋を働かせてなさそうな顔に上書きしてくる。
「ダメだね」
ふわっとした感覚とともに私は浮き上がった。
「な、ちょ、は、な」
まばらになった生徒も確実にいるわけだが、そんななか私は学園で有名なイケメン双子様と絡みまくりで、多分私明後日くらいにはいじめられるんじゃないだろうか。
だだだだだだっと勢いよく風を切って進み始めるものだから、私はクダリくんにどうにか引っ付いて、身体を安全を求める。
「す、ごいね」
「え?」
「だって」
人一人を抱えてよくこのスピードで走れるものだ。
ノボリくんもあんな早く走って姿も見えないけど、どこにいるか分かってこんなことしているのか。
「大丈夫!ノボリってインドアだからどうせ自分の部屋だよ!」
図らずも初ノボリくんの家!ならしい。
わーい、こんな展開はあと一年くらいいらなかった。
「あの、ね!くだ、りくん!」
走る振動で声が揺れる。
「なあに?」
「なん、であん、なこと!?」
「あのね!ノボリ、女の子に騙されたこと何度かあって!」
「へ、え!」
「それで、2人くらい突き落としちゃったことあったんだけどね!」
「あらら」
「あと、突き落としたの僕ね!」
あ、疑ってたのばれてる。
「って、まじ、か!ひっ」
軽く舌を噛んでしまった。
「あ、でも二回目はノボリ!犯人ノボリ!」
「言っていいのそれ」
「いいの!だってなまえって怒らないから」
クダリくんとレッツノボリくんの家(まあつまりクダリくんのお家)の道中、いろいろ聞いた話によれば、小5と中1の時に互いが互いの彼女を突き落としたらしい。なんとまあ双子だからということもあり、ノボリくんとクダリ君の付き合った相手は互いの相手がどちらでもいいとかそういうような感じでそれに対して、片割れのことを思ってか激怒した結果ならしい。田中くん、ちょっとどころか内容が結構適当なことを言ってくれたね。
ああ、まあ聞いた話がすごくまあ、相手が酷い。それがまあ昔の話として誇張されていたとしても、嘘だったとしても、私はそれなりにノボリくんのことがすきで、もっというと今日話しただけのクダリくんも好きで、つまり、相手の女の子の今日どう過ごしているかとか、擁護しようとかは思うことはなかった。
小5の時点でそんな修羅場を体験しているのかノボリくん。
「とーっちゃく!」
そこそこの立派な家にお住みのお二人。
「そこの窓の部屋がノボリの部屋」
クダリくんが閉め切ってあるカーテンの部屋を指差す。
「ぼく、リビングいるね」
ぼくの部屋は隣だから空気読んであげる。
ふふふ、とくすくすと抑えきれずに笑うクダリくんに眉が寄る。
「ノボリのことよろしくね!」
まさかこんな感じ外堀を埋めることになるとはまったくもって思ってなかった。
よろしくされたし、行こうかな。
ほんの少し新鮮に感じて、不安を感じながら私はノボリくんの部屋のドアを開いた。
「ノボリくん?」
ベッドの上で膨らんで蠢いている布団にちょっとずつ近寄る。
少しだけ、不快な匂いを感じる。
私はそっと布団をめくった。
「あがっ……」
ノボリくんはベッドの上で吐いていた。酸っぱい匂いが広がった。おお、吐きそう。
胃が空っぽなんじゃないのかってくらい広がっていた吐瀉物を見ても、あんまり何も感じないものだなあ。あー、今日ご飯パンだったんだーとか、そんなことを思ってしまっている私は麻痺してきているのか。
でもまだ嗚咽を繰り返しノボリくんは口を汚したまま口元を自分の手で抑えて私の方を見てきた。
「あ、あの」
焦ったように口を開くノボリくん。
まだ夏場ってのにスカート駄目になっちゃうね。
私は汚れるのも考えないまま、足をベッドに乗せる。スカートの布越しにぬるりとした感触。ノボリくんの頭をそっと抱き寄せる。
まあスカートはいいか。
駄目になったら学校やめよう、ノボリくんのお嫁さんになるし。
そうそう、それもありだ。
そこそこあると自負している胸にぎゅうと押し付けるように抱きしめる。
「なまえ」
しっとりとした声とともに背中に回された腕を心地いいと感じてる私がいた。



靴下とスカートはべちゃべちゃになってしまい、ノボリくんのジャージを借りる。
ほっそいなあ、でっかいなあって思いながら靴下を脱いでスカートを脱いで、ノボリくんに誘導されるように下に降りる。
「あ、あの、」
「クダリくんとは何もないよ」
「はい」
とりあえずこれだけ言っておこうと思って言えばノボリくんの言葉を遮るみたいになってしまったらしい。
口を閉ざしてしまったノボリくん。
「うーん」
「終わった?」
そんなノボリくんをどうするかと唸りながら誘導された先はリビングだったらしい。テレビを見ているクダリくんがこっちを向くこともなく声を掛けてきた。
「タブンネー」
「そう!」
そのあとなんとなく会話が続かず、私帰るねって言ったら、ノボリくんよりクダリくんの方がええーってブーイングをしてきたが人の家に会話もないままいるって言うのはちょっと疲れる。
なんて思っていたのだけど、私たちは鞄を学校に忘れていることに気付いて、もう一度逆戻りする羽目になった。しかも原因のクダリくんはちゃっかり自分の物は持って帰っていたらしい。
スカートのクリーニングはノボリくんが半ば強引に自分が手配すると言われてしぶしぶ頷いた。
私はノボリくんのジャージは大きくて、確実にださい。そんな恰好でもう誰もいない、わけではないもののやっぱり人の少ない校内を歩く。
ノボリくんの手をぎゅっと握れば、ぎゅっと握り返してくれた。
「あのね、聞いてノボリくん」
「はい」
「私、ノボリくんのこと好きだよ、大好きだよ、それこそスカートの一枚や二枚、ノボリくんの吐いた物にまみれたってノボリくんのこと抱きしめられるくらいには」
すこしどころかすごく恥ずかしくて、横目でノボリくんを見る。
ノボリくんは顔を赤くして、繋いでない方の手を顔に当てている。
「の、ノボリでいいと言っているでしょう」
H25.07.26

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