最大多数の最大幸福


トウヤ君が当て馬。トウコちゃんが主人公の世界のつもり。
ヒロインが喋れない設定ですが、ふざけていたり、差別しているつもりは全くありません。



「あ、あの、大丈夫ですか?」
噴水前でゲンガーと今日のパーティを考えてた俺は、つい気になってその噴水前を行ったり来たりしている女の人に声をかけた。
その人はこっちを見て、目をパチクリさせるとにっと笑った。
それからごそごそと鞄から手帳を取り出し、こちらへ見せてくる。白いページに丁寧な字が並んでいる。
『私はしゃべれません』
「え」
すみません!と慌てて頭を下げれば、ぶんぶんと頭を横に振って答えてくれた彼女はそのまま次のページをめくる。
『ありがとう』
「あ、いえ……さっきからこのへんいますけどどうしたんですか?」
彼女はそのままページを変え、何かを書き始めた。
『この辺に、パン屋とかある?』
さっきの字よりすこし乱れたその字はやけに読みやすかった。
「ああ、それならあっちに……いや僕らも昼飯買いに行くんで一緒にどうですか?」
隣にいたゲンガーは「今日はパンじゃなくてレストラン連れっててくれるって言ってたじゃないか!」って顔をしている。
『いいんですか?』
「はい、良ければ」
ゲンゲン!と抗議してくるゲンガーには悪いけど、俺はそのまま頷いた。


パンを一緒に選び、出口で彼女と別れることになった。彼女はイートインではなく、持ち帰るらしい。
『ありがとう』
もう一回、次は元から書いてあった『ありがとう』ではなく、まっさらなページに新しく書かれたその言葉を俺に見せたその人は、頭を下げて歩いて行った。
彼女を見送った俺は隣に浮いているゲンガーに話しかけた。
「さっきの人、可愛いかったな」
「ゲンガゲンガ!」
「ああ、ごめんって。明日はサンヨウまで行ってやるからさ」
「ゲンガ」
まったく、と言わんばかりに少し拗ねたよう鳴いたゲンガーに許してもらって俺たちは焼き立てのパンにかじりついた。そういえばこいつメスだったなー。



「今日はなんだかゲンガー機嫌よくないみたい」
「あっ、ははは」
「原因はわかってるみたいだね」
今日もダブルバトルでクダリさんに負けてしまった。いつものことではあるが今日はゲンガーとのコンビネーションがすこぶる悪かったせい。にやーっと笑うクダリさんは意地悪そうにそう言ってきた。
「そーなんですよ、今朝レストランに連れて行くって約束してたんですけどね。迷子の女の人をパン屋に案内してそのまんまパン屋で」
「あっちゃー、それで君は怒ってたってわけだねー」
話しかけられたゲンガーといえば、座席の上やそこらを浮いては俺に機嫌悪いアピールをしながら返事をしている。そしたらゲンガーはクダリさんの後ろから顔を出し、いつもニタリ顔をしている。見れば見るほど似てるな。
「ゲンガー、悪かったって」
「ゲンゲンッ」
「許してくれないって、ふふふ」
「笑い事じゃないですよ、クダリさん」
くすくすと笑って、ねえーとゲンガーと意気投合しているクダリさんは俺に向き直って口をまた開く。
「そういえば、その女の人どんな人だったの?」
「あー、えっと喋れないらしいんですよね」
「……ふうん」
口角を歪めたクダリさんが含み笑いをしている。
「その子ってさ、あの子じゃない?」
クダリさんは窓の外を指差すのに釣られて、視線が動く。
「あ、」
あの時の人が立っていた。
「なまえはちっさいころに声を置いてきちゃったらしいんだ」
「え?」
「なまえー」
止まった電車からクダリさんが女の人、なまえさんを呼ぶ。なまえさんがそれに気づいて駆け寄って行く。さながら離れ離れになった映画の主人公達のようだ。
ぎゅっと彼女を抱きとめたクダリさんはいつもより割り増しで笑顔だ。
彼女の方は俺が一緒に行ったパン屋の袋を彼女に見せている。
「え?なあに?」
クダリさんは首を傾げている。彼女は喋れないはずなのに。
クダリさんは慣れた手つきで彼女を座席に座らせて、そのまま口付けたのだ。
「なあ!?」
彼女は俺の悲鳴じみた声に驚いて視線をくれる。
ぱっと目を見開いてすぐにクダリさんに視線を戻すと、俺の方を指差してきた。
よく見ると彼女の方はキスをしたままぱくぱくと口を動かしていた。
「ふーんそっか……トウヤ、あの時はありがとうだって!」
クダリさんは俺にそう言うとまた彼女と口をくっつけ、なにか喋っているようだ。
「そう、あ、僕のお昼ご飯買ってきてくれたんだ。うん、あそこのパンおいしいから今度一緒に行こうか。……え?次は一人で?ふふ、なまえには無理だよ、僕も一緒に行ったげる」
くすくすと笑い合う二人。
「あ、あの!じゃあ俺はこれで……」
頭を下げてゲンガーと一緒に電車を降りれば、クダリさんが追いかけてきた。
「あれね、なまえの会話の方法なんだ」
「あ、えっと」
「内緒にしといてくれる」
「は、はい!」
「じゃあまた、次はゲンガーと仲直りしてきてね」
その言葉の通りなのか、クダリさんはいつも通りの調子で俺を見送った。
「ゲンガー!」
ケケケッと笑うゲンガーにデコピンをする。
「勝ち目ねえもんなあ」
電車の中に戻ったクダリさんとなまえさんを見ればまた口をくっつけていた。
『愛 し て る』
どっちと言わず二人の唇がそう動いた気がして、俺は深いため息を付いた。
俺をバカにするような笑いを続けるゲンガーに腹が立って、一言。
「それ以上笑うと明日もレストラン行かねーぞ」
ゲンガーの悲鳴に俺はもう一度ため息をついた。

H25.1.4

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