Love potioN


なんで、私はこんなとこにいるんだろうか。あ、別に記憶喪失って訳じゃないんですけど。
「暑いですね」
それはこの感官照りの日差しの下で黒い長ズボンなんて履いてるからでしょう、と言ってやりたいものの上司にそんなことは言えないため当たり障りのない程度に愛想笑いをして答える。
「確かにそうですね、みんな考えることは同じみたいですし」
私は直属の上司であるノボリさんと某アイス店に向かっているかといえば……。


「暑いねー」
「そーですね」
「こう暑いとコートとか着てられないよね」
「そーですね」
「え?なまえぼくの仕事してくれるの?」
「しませんよ」
聞いてないとでも思ったのかクダリさんが危ないことを言ってくる。私は私のノルマをやっと終わらせたというのになんてことを言うんだこの人は。
「クダリは早くなさい、まだまだ残ってますよ」
全く、と漏らしながら入ってきたのはもう一人の上司ノボリさんである。
「えーだって暑いしー」
むすーとして手で仰ぐそぶりをするクダリさん。ドアの外から足音がした。ああ、これは……。
「遅れました!」
勢いよくドアを開けたのは汗だくのカズマサだ。相変わらずだけど、この時期迷子になると大変だろうなあ……。
鉄道員の服はきっちりしたタイプだから、クーラーが効いてなければ熱中症は必至である。
「やっと来たー」
「お疲れー、服着替えたらー」
「あ、はい……」
とぼとぼと更衣室に向かうカズマサを見送って私も立ち上がった。
「じゃ、私はあがりますね」
「え!なんで!?」
「それは勿論私午前だけですから」
「ずるい!」
「クダリ」
ずるいずるいと言われもないような不満を駄々っ子のようにぶつけて来たクダリさんをノボリさんが窘める。
「そもそもクダリも書類さえ終えれば今日は終わりです」
「そうですよ!やってないクダリさんが悪いんじゃないですか」
「だって暑いんだもん!」
また理由になってないような。
「あ!じゃあぼくお仕事がんばるからアイス買ってきて!」
「は?」
「ねえ、いいでしょ」
ぼくって頭良いって、椅子でぐるりと回るクダリさん。
「嫌ですよ!」
「あ、ボスー」
「おかえり!」
「おかえりなさーい」
さっきまでトレインに乗ってたメンバーがぞろぞろと帰ってくる。
「あのね、なまえがアイス買ってきてくれるって!」
「おいちょっと待て」
「お、さすがなまえ」
「さんきゅ」
「ありがとうございます!」
クダリさんの言葉に焦る私に、クダリさんの戯言と分かっていながらアイスが食べたいのか、お礼を言っていく同僚に苛立ちを隠せない。
「みなさんなまえにも予定があるんですよ」
辛うじで味方にノボリさんがついてくれた。
「大丈夫大丈夫。なまえ彼氏とかいないからどうせ帰ったら寝てるよ」
ほっとけよ!間違ってないけど人に言われるとムカつく。というかなんで知ってるんですか。
「わかりましたよいけばいいんでしょう!もう、経費にしてもらいますからね!」
「なまえ!?」
「やったあ!なまえ大好き」
「私もクダリさんのこと好きですよ、こんなことしないなら」
「ひっどい!」
「……良いのですか?」
納得してなさそうなノボリさんが尋ねてくる。良い人だよね、本当に。
「大丈夫ですよ、クダリさんの言うとおり待ってる人とかはいませんし」
いませんしの部分でクダリさんをきっと睨めば、口笛を吹いてそっぽ向かれる。
「あ、ねえねえーノボリももう仕事ないでしょ、一緒に買いに行って来ればー」
そう、そんな適当な感じにクダリさんに追い出された私とノボリさんは炎天下の中を並んでいたというわけだ。


「なまえ、申し訳ないのですがわたくしこういうものには疎くて」
「だと思いましたよー」
「あ、メニュー見てみましょうよ、長いですし」
さっき店員さんに渡されたメニュー表を見る。うーん、こうもみんなに買って帰るとなるとなあ。
「いっそ全種類買いましょうか」
「わー、いいんですか」
「うれしそうですね」
「普段そんな豪快に買うことないですし」
「そうですか」
ノボリさんが少し考える素振りをした。そして思いついたように私に喋りかける。
「余分に少し買っちゃいましょうか」
「え?」
「買いに出てるんです、食べながら帰りましょう」
ボスにしてはかなり珍しい。
「いつも頑張る部下にわたくしからのご褒美です、クダリの我儘に付き合っていただいてますし」
少し恥ずかしいくらい真っ直ぐそう言われ、目をそらしてしまう。
「じゃあ、トリプルでも食べよっかなー」
「トリプル?」
「先に言いますけどバトルじゃないですよ」
「わかっております!」
「三段重ねってやつですよ」
「バランス良くとれますね」
「そうですね、あ、ノボリさんはなににしますか?」
「いえ、わたくしは結構でございます」
「え、なんでですか」
「わたくしは職務中ですし」
もごもごと言い淀むノボリさんに唇をとがらせて抗議する。
「いいじゃないですか、私だって仕事中みたいなものなんですよ」
「では、なまえさまが選んでくださいまし」
「はい!」
私は意気揚々とメニューを眺める。
ノボリさんがアイス食べるとはなあ。可愛い感じの選ぼう。
「新作美味しそう」
「そうですね、確かに」
「ノボリさんはバニラ系、チョコ系、フルーツ系どれがいいですか」
「……では、バニラをお願いできますか?」
「あ、これはどうですか?イチゴ?ストロベリー味も混ざってるみたいですけど」
「ではそれでお願いします」
ラブポーションね、名前も可愛いなあ、ハート形のチョコも入ってる。にやにやしながら、それともう一つ選ぼうとするとシングルでいいと止められる。決めている間に列はどんどん進んでいたようで、すぐにアイスを注文できた。
渡された大きめのアイスの入った袋をノボリさんが受け取り、私はノボリさんの分のアイスも受け取って店を出る。
「すみません、アイス持ってもらって」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
並んで歩きながらアイスを食べる。
「美味しいですか」
「はい、すごく。ノボリさんはどうですか、その味」
「とても美味しいです、さすがなまえさまですね」
「あーいえ、私それ食べたことないんです」
「そうなんですか、美味しいですよ」
「じゃあ、私も次食べようかなあ」
ノボリさんがピタッと立ち止まった。それにつられて私も止まる。
「ノボリさん?」
「みなさんには内緒ですからね」
ピンク色のスプーンが私の口の中に突っ込まれて、驚いて前を向く。
ふわっと、いつも仏頂面でむっすりむっつりしているノボリさんが口角をあげて笑っていた。
口の中につっこまれたそれが甘くてちょっと酸っぱくひろがっていく。
……恋の媚薬とか、ホント笑える。
思ってることに反して真っ赤になってる私は前に向き直って歩こうとしているノボリさんの跡を追う。
帰る前に戻さなきゃクダリさんにからかわれちゃう。
H25.08.11

戻る


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -