ミルクの信託


「え?ほんと?ありがと!」
にこっと笑って差し入れらしきものを受け取る我が上司。
「またね!」
天使と名高いサブウェイマスターのクダリさんは、今日も可愛い女の子(今日はミニスカート)からピンクの可愛い箱を受け取っている。クダリさんは手を振って、その女の子と別れると関係者以外立ち入り禁止エリアに入って行った。


「全く、差し入れを貰いすぎるなといつも言っているでしょう」
「だって、わざわざ持ってくれたんだよ」
「……はあ」
じと、とした目でノボリさんを見るクダリさん。クダリさんは持ってきてくれた女の子の
ことを考えろって言外に言っているのだと思われる。……クダリさんは甘いものをそれはそれはおいしそうに食べるから好きで貰ってるんじゃないのか……。
ノボリさんもそれを思ったのかは分からないけど大きくため息を吐いた。
「少しずつ食べるんですよ」
「うん!」
お兄ちゃん、甘!!なんでそんな優しいんですか!
そんな甘々お兄ちゃんにそれはもう嬉しそうに頷いたクダリさんは破顔して、たくさん積まれた差し入れのなかから賞味期限の早くきれそうなプリンを取り出した。
「なまえも食べる?」
「へ?」
「ずっとこっち見てたでしょ?はい、あーん」
おいしそうなプリンをスプーンですくって私に突き出すクダリさん。……ああ、天使。納得するよ、私より余程かわいい。微かに香る甘い匂い、なんだろう。


昼休み終了直前にノボリさんに呼ばれ、何事かと聞けば困ったようにクダリさんが戻ってないことを知らされる。
「なまえさま、申し訳ないのですがクダリを探してきてくださいまし」
「クダリさん戻ってきてないんですか?」
「ええ、わたくしはシングルですので探しにいけません。幸いタブルのダイヤまではまだ時間があります」
「はい。あ、心当たりとかってありますか?」
「……もしかすれば、ですが」


ノボリさんの言葉を少しだけ疑いながらもそこに行けば、確かに見慣れたコートを脱いでいたもののクダリさんがいた。
クダリさんは慣れたように煙草を咥えては胸を上下させ、白煙を吐き出していた。
その姿はいつもお客様や私たちに見せていたものとは違い、ごくりと息を飲む。
少しいけないものを見ている気持ちにさえなる。
動けずにいた私を見たクダリさんが、少し驚いたように口を開く。
「なまえ?こんなところにどうしたの?」
こんなところに、というのもここは通気口のダクトがあるだけの物置だからだろう。
「クダリさん探しにきたんです」
「そうなの?ごめんね、あと少し待ってくれる?まだ全然吸えてなくて」
へらっと笑うクダリさんの手にある煙草は確かに普通の長さとほとんど同じに見える。
「大丈夫ですよ、まだ出発には時間あるんで」
「ん、ありがと」
再び煙草に口を付けるクダリさんに私はなにもすることなく周りに積み上げられたダンボールと、そこからはみ出る書類や用途のわからない布を眺める。
「あ、なまえ。別に先に出てていいよ、煙草吸わないよね?」
「あ、あー……」
「出てかないの?変なの」
「……変でいいですよ」
「ごめんね?」
首を傾げてそんなふうに言われると許さないわけにもいかないよね……。渋々尖らせた口を戻す。
「かわいい」
「……クダリさんの方が可愛いですよ」
ちょっと皮肉っぽく言えば、少しだけ嫌そうな顔をしたクダリさんが煙草をぐりっと持っていたらしい携帯灰皿に押し付ける。
「そんなことないし、ぼく天使なんかでもないよ」
「クダリさん?」
「あのね、ぼく可愛いって言われても嬉しくない。甘いものあんまり好きじゃない」
「え?」
「甘いものキライじゃないけどあんなに食べらんないよ。それにコーヒーだってちゃんとブラックで飲めるよ」
困ったように笑ったクダリさんが私を見る。
「みんな、騙されちゃってる。でも……なまえにはばれちゃった」
立ち上がったクダリさんが私の頭をぽんと叩いて「みんなには秘密だよ」って私の横を通り過ぎた。
微かに匂った香りはタバコの匂いといつもの少しの甘い匂いだった。
H25.05.11

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