ハローハロー


あの日から私は前なんて見れてないようだ。
息苦しくて目を開ければ、ぬるい感触を唇に感じた。

「おはよう、なまえ」

そう言っておはようのキスらしきものをしてくるのが彼氏とかなら何一つ問題はないけれど。いや、あるけどね。

「ん、起きてー」

私を抱き起し、そのまま椅子らしきものまで誘導する。
私はその引っ張ってくる手だけを頼りに真っ暗な中を歩く。歩く振動のおかげでずれた目隠しから懐かしい日の光が少しだけ入る。
淡く透けているようにも見える目隠しの布の色は白色だ、勿論透けないように何枚も重ねられているけれど。どうせ見えないから私は目を閉じる。
椅子に座らせられてしまい、その背もたれらしきものにいつもと同じように鎖で括りつけられる。
毎朝無駄と分かっていても椅子に後ろ手にくくりつけられている鎖をジャラリと鳴らす。
取れないなあ。
目の前は相変わらず覆われているせいで私は自分がどんな格好でどんなふうになっているかを知らないままだ。

「まだ眠いの?」

御寝坊さんだねって耳元で言われると、ぞくりと体が揺れてしまう。
そうすれば何を思ったか背中を撫でてくるそいつが、それにまた体を捩った私を耳元で笑ってくる。

「今日はね、フレンチトーストだよ!うまくできたの!」
「……」
「ね、あーん!」

唇に何かを当てられる。

「あーん、は?」

小さな抵抗に声のトーンが変わる。多分フレンチトーストかなあって思いながら口を開ける。
甘いそれはおいしいフレンチトーストで、この人は本当に料理上手だなって思いながら口を動かす。
最初の方は何が入ってるかもわからないと思ってたけど、向かいで同じものを食べてるらしい。というか二日目には口移しで食べさせられた、無理やり。それもあって黙々と口を動かす。

「良い子!もう全部食べちゃった、おいしかった?」

そう言われて返事を何もしないとフレンチトーストを掴んでいただろう指を口に突っ込まれる。

「ほら、きれいにして」

これも大概毎日のことだ。昨日は一昨日のカレーだったからなかったけど。
ちゅぷって私の舌に指についていた砂糖とかを擦り付けて引き抜く。

「なまえなまえ今日はね、ワンピースだよ買ってきたのなまえに似合うと思って」

ブラもつけてない私からさっきまで着せていたパジャマっぽいものさっと脱がせると薄手のそれ、多分ワンピースを着せてくる。

「やっぱりなまえ似合うね」

ふふふっと笑うその人の声が少し離れたとこから聞こえる。

「ぼくとおんなじ白色。かわいい」

この人はよく白色を買ってくる。そのたびに同じニュアンスのセリフを吐くからきっと白いのが大好きなんだろう。
確かさっきまで着ていたパジャマも白色だと言っていた。まあ、言っていただけでホントは真っ黒かもしれないけど。

「なまえかわいい」

飽きもせず毎日私を撫でながら愛を呟くその人。私はそれただ聞くだけ。
じゃらりと繋がれた鎖が擦れる。撫でる手がいやらしく私の頬を撫でる。触れるだけのキスをしてその人は私の括りつけられている椅子の端から立ち上がる。ぎゅっと目隠しを直してしまう。緩く入っていた光もまた真っ暗になってしまう。

「行ってくるね」

行ってきますのキスだろう、これもいつものことだ。

「いってらっしゃい」

そう反射的に返してからは何も考えないまま言っている言葉を彼は嬉しそうに受け取って、どこか知らないけれど仕事に出かけていく。
私の視界は彼の大好きな白色ではなく、未だに真っ黒だけど。
彼が帰るまでの間、私はまたそれなりに解けるはずのない鎖と格闘しておく。これが私の朝だ。
H25.04.30

戻る


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -