僕の手をにぎって


「……えっ」
友人との会話に私は重大な事実に気づいてしまった。
「どうしたの?」
「今日って、何日?」
「12月22日だけど」
そう、クリスマスの三日前。
この事実が衝撃的過ぎて、私は家に帰ってくるまでのことが曖昧にしか覚えてない。
クダリさんからの連絡はここ数週間ない。
彼は仕事人間だし、いやほんともう、お前は仕事と結婚してろレベルの人だけど。
それにしても三日前までに連絡の一つもないのは、さすがに……私も私で気にしていなかったのも悪いけど。
「……でも、それでも、待ってるしかないかなぁ」
毎日遅くまでお仕事だし、電話を掛けようにもいつが暇なのかよくわからない。クダリさんの時間のあるときに掛けて欲しいって何度か言ってるけど、掛かってきた試しはない。暇じゃないのだろうけど、愛されてないのではと思ってしまうのも仕方がなくないかな、ねえクダリさん。
それでも、顔を真っ赤にして、私を好きだと言ってくれる彼の姿を思い出すだけで、そんな気持ちは萎んでしまう。



そして、当日25日。連絡はない。
私は彼へのプレゼントを片手に持って、それからそこらへんのスーパーで買ったものを抱えて、やってきましたクダリさんの家。鍵は渡された時から今のところ使ったことはほぼ無い。家自体には何度もきたことあるんだけど。
「いないと思いますけど、お邪魔します」
何もない、というほどではないけど、本が積んであったり書類がぱらぱらと落ちてるくらい。
あと今日のご飯だろうか、チンするタイプのご飯の空が置いてある。
冷蔵庫を覗けば、ウィダーインゼリーがたくさん。
死にそうな表情で飲んでる時の顔は男っぽくてカッコいいことをお伝えしておこう。私はこれでもクダリさんにぞっこんなので、惚気は息をするように口から出てしまう。
「まずは掃除」
クダリさんは別に掃除が苦手とかじゃないから、大体は綺麗で大した手間じゃない。ちょっとしたご馳走を適当に作るためにも、掃除をすぐに終わらせなくては。
からあげとか、そういう冷めても美味しいタイプのものを二人で食べきれるくらい作って、それから近所のケーキ屋に行って、ショートケーキを二つ。
ちっさめのホールケーキと迷ったけど、クダリさんあまり食べないし。それから手持ちの子にも食べられるきのみのケーキセットをすこしずつ買う。
机に料理をセットして、それから友人から何かでもらったキャンドルを添えて。
電気は暗くして、ゆっくりと待つ。
……帰るわけないか。
……まあ、いいか。クダリさんと付き合うときに分かっていたのだから、このくらいは我慢できる。
早くて明日、遅くて二日後くらいにはきっと謝罪と埋め合わせのラブコールが掛かるのだから、きっと悪いことでもないだろう。
それでも、掃除の途中に見つけたカレンダーの今日の日付を囲むハートマークだけは信じていたいと思ってしまう。だって、添えられた言葉はプロポーズ!なんてそんなの期待せずにはいられない。
私は料理にラップをかけたりして乾かないようにしてから書置きをして、クダリさんの家の鍵をかける。いない時に来て、帰らないまま帰ってしまうなんてなんだかなぁ。
この鍵をポストに入れてしまうという手もあるけれど、そんなことをするとクダリさんは泣きながら私にイタ電して私の部屋のドアを叩き続けそうだ。しないけど。
「一人で流石に帰ってると、恥ずかしいかもしれない」
行き交う人は家族連れかカップルで、少し私は気まずさが凄い。急激に下がったテンションに、キラキラのイルミネーション。暗い気持ちとのコントラクトに気が滅入ってしまいそうだと思う。
「綺麗」
だけど、そんな私を置いてくみたいに無理やり明るくしていくみたいに、イルミネーションの明るさに引き上げられてしまう。
カミツレさんのジムと観覧車、それから噴水の広場、キラキラしている。
テンションが下がってても一人でも綺麗なものはやっぱり綺麗。
『イルミネーション、一緒に見たかったです』
ぱしゃりとカメラで撮って、それから一言、すこし恨み言を混ぜてクダリさんに送ってしまう。うーん、我ながらめんどくさい女。
日付はクリスマスが終わる少し前。今聖夜ならぬ……を過ごしているカップルがいると思うと殺意さえ芽生えそう。
そんな邪念を頭の隅に追いやって少しだけ見とれていると、ざわざわと周りがし始めた。なんだろう、イルミネーションの不具合か、それとも迷子でもいたのか、病人か。
「――ちゃーん!!!」
うん、迷子だな。
小さい子がこの時間に出てるのはさすがに危ないよねと、キョロキョロと周りを見る。
「なまえちゃーーん!!!」
私とおんなじ名前なのかと驚きつつ、周りを見渡せば、そのなまえちゃんを探す声に聞き覚えがあることに気づく。
「クダリさんの、声?」
何故?私は噴水横に設置されたツリーの前の人集りの真ん中にいる大声を出しているクダリさん、かもしらない人の元へ急いだ。
「うわ」
声が出てしまった、仕方ないと思う。
だって、クダリさん、サンタ服着てるんだもん。無理だよ。さすがにちょっと……。あ、気付かれた。
「なまえちゃん!」
いや、そのこっちこないで下さい。後退ろうとした私に近付いてきたクダリさんが引き止める。
「待って、僕、君に言いたいことがあるんだ」
騒つく人混みと、苦笑いの私。もう、なんとでもなれ。
「こんな僕だけど、僕と」
クダリさんは慌てたようにポケットに手を突っ込む。まさかここで?後で恥ずかしいって思うと思いますよ、やめておいた方が……。
「結婚してください!」
ぱかっと開かれた小さな箱には指輪が一つ。
少し笑ってしまいそうなくらい、趣味じゃない。でも、それでも、私はやっぱり嬉しいですよ。
顔は衣装に負けないくらい赤くて、少し震えた手で指輪の箱を持っている。
「……はい」
私は俯いて、答える以外の選択肢はなかった。
クダリさんは私を腕の中に抱きしめた。周りの人はこれでもかというくらいの拍手をしている。
あ、息切れ。どくどくと動く心臓は、緊張とは違う高鳴りの理由を問えば、ギアステーションの催し担当のてつどういんが遅刻したらしく、代わりのお仕事をしていたとの返答が返って来た。
「それがサンタ服の理由ですか?」
「う、うん」
「へえ、あわてんぼうなんですね」
背伸びして、耳元でこそっと言ってしまえば、顔をさらに赤くさせたクダリさんが私を強く抱きしめた。
H30.01.05

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