如何にも、人通りが少ない路地裏をズリズリと右足を引きずりながら壁伝いに歩く。
久しぶりにヘマをして、右足に怪我を負ってしまった。
手負いのケモノ、もとい、チンピラは怖い怖い。挑発に煽られた奴は最後の力を振り絞って俺にナイフを投げてきた。
上手く避けたつもりだったんだけど、うっかりよそ見しちゃってこの様だよ。
仕方ない、新羅の家に向かうとするか…足超痛いけどね。
そんなことを考えていたら風を切る音と共に鈍い衝撃を背中に感じた。
「……ガッ!?」
ずしゃあ!と前に勢いよく転ぶ。しかも顔面も地面と仲良くスライドだ!ドリフか。しね。
「いーざーやーくーん」
人って大概、人生の半分はきっと運で流れてる。その流れに任せる人もいれば抗う人だっている。だから俺は全力で今抗いたい。すごく!ものすごくね!
「シズちゃん…最近俺に対する嫌がらせがねちっこさを増したよね。コンビニのごみ箱の方がまだマシだよマジで。こんな生ごみだらけのごみ箱よりはね。ていうか俺の頭にバナナの皮乗ってるとか有り得ない」
「ゴチャゴチャうるせぇ!殺す!!」
「やだ怖ーい!えいっ!」
ポイッと頭上のバナナの皮を目の前のシズちゃんの顔面にぶつけてやる。するとこめかみに青筋を起てたシズちゃんは俺への第二弾の攻撃にするつもりなのか今度はコンクリートの壁を破壊して破片を手にした。うん、それは流石にしねる。
「いざやぁ…手前、よっぽど殺されてぇみたいだなぁ?」
「シズちゃんはよっぽど警察にお世話になりたいみたいだね。殺人未遂でも捕まるの知ってるー?」
「手前にだけは警察うんぬん言われたくねぇよっ!」
頭に血が上ってる割には冷静なツッコミだ。うん、√3点!
「とりあえずさ、俺、忙しいんだよねぇ。暇で暇でしょうがないシズちゃんに構ってあげれる時間はないんだよ。ということで、またねシズちゃん!」
「待てコラ!ノミむ……」
し、とシズちゃんが歯切れの悪い怒鳴り声をあげたのは俺がビタッと地面に張り付いて歩腹前進を始めたからだ。
顔を見れないのが残念!きっとマヌケなアホ面してるんだろうね!ああ、悔しいなあ!!
「は?……な、…あぁ!?」もうぶっちゃけ立って歩ける自信なんて微塵もない。足とさっきのごみ箱ダメージで限界。
正直この体制もキツイ。
「ふざけてんのか?」
「またねって言ったよね?それとも一回言っただけじゃ理解できないの?できないか!だってシズちゃんだしね!ハハッ」
ハァハァと息を切らしながら少しずつ前進する。もうこの際シズちゃんなんて視界からログアウトだ。向こうはきっと俺の姿をしっかりログインしてるだろうけど、まあいいや。
「……ノミ蟲?だよな??」
いまさら確認とか。死んで。お前は人に物をぶつけてから名前を確認すんのかって話だ。
「疑問形が凄くウザい。ノミ蟲だって跳ねれない時くらいあるから。足怪我してる時とか足怪我してる時とか。大事なことだから二回言ったよ。もう一回言おうか?」
正直、俺を殺そうとしてる奴に教えるのもどうかと思う。
情けはこれっぽっちも期待してないけど、彼の殺し合いするモチベーションが下がってくれたらいいなあとかは期待してる。
「……」
「わかった?ならもうジリジリと少しずつ俺に近づくのをやめてよ」
よし!神様、信じてないけどこの瞬間だけ愛してあげる!どうやら思惑通り弱ってる獲物を狩る残忍さは持ち合わせてないようだ。まあいつもこれ以上の怪我をシズちゃんに負わされてるけどね。絶好のチャンスを逃すべく、スピードを上げて前進、前進。前進……してたら軽くトンッと頭が何かにぶつかった。
「……よぉ、折原ぁ」
顔を上げて声を掛けた本人を確認する。ああ、撒いたはずのチンピラ2号じゃないか。
「やあ、どうしたの?」
とびっきりの愛想笑いを振り撒いてやれば、お返しに濁った唾液が固まりとなって顔面に付着。今日はなんだろうね、俺に汚いものを投げるイベントでも開催してるの?嬉しいなあ、嬉しいなあ、俺の為に!しね。
「確かに俺は顔面擦り傷だらけだけどさあ、それをニコチンで汚れまくりの君の唾液じゃ消毒にもならないんだなあ。たとえ君の善意でもこれは受け取れないよ」
つぅーっとおでこに付着した唾が鼻筋を通ってく。
神様のばかやろう、君なんて嫌いだよ!人はラブだけどね!
「なんだ手前は……」
後ろからドスの効いた低い声が響く。前も後ろも敵、敵、敵!まさに絶体絶命。あ、でも一回陥ってみたかったんだよねぇ、絶体絶命。まあ、あんまいいものじゃないことはわかった。
これからはなるべく避けるようにしよう。さて、どう切り抜けるかなと思案を巡らせているとチンピラから情けない悲鳴が上がった。
「へ、へへ平和島静雄……」
あ、そりゃそうか。
「あぁっ!?だから何だよ!」「ああああのですね、別に俺はあんたに喧嘩売ってる訳じゃないからさ。ここにいる折原臨也を……」
「臨也だぁっ!?」
「ひぃぃぃぃいいっ!?」
シズちゃんは俺の横をドカドカと通り過ぎ、チンピラの胸倉を勢いよく掴んだ。
グワッと持ち上げ、自分の顔と近づけ睨みを効かせる。
「こいつの足の怪我はテメェのせいか!?」
「い、いや違っ……それは仲間が……!!」
そう聞くとビキンと血管を浮かび上がらせ、「同じだコラァァァァアッ!!」と咆哮し、遠心力も何にもつけずに、チンピラをぶん投げた。
何メートルか先の何かに衝突する音がしたがまだ生きてるだろう……多分。
もう俺は口をアホみたいに開けてるしかなかった。
「シ、シーズちゃーん」
「んだコラッ!!」
フーッフーッと興奮してる様子を見てもう何が何だか。だって何で怒ってんの?変すぎだろ。
「俺のこと嫌いなんだよね?」「はぁ?当たり前のこと聞いてんじゃねぇよっ!!」
「殺したいんだよね??」
「手前がいると俺はイライラすっからなあぁ……殺す!」
「じゃあなんで、俺を刺したことでそんなに怒ってんの?」
そうツッコミを入れてやると案の定、ピタッと動きが止まった。眉間の皺は深く刻まれたままだ。――だよねぇ、単細胞の君でも流石に変だと思うよねぇ。
静雄が臨也を"助ける"なんて。
「ねぇ、シズちゃん。どうしたの?頭がオーバーヒートでもしちゃった?まあ、それはいつもだと俺は思うんだけど!それにしたって……殺せるチャンスを逃すなんて!アハハハハッ!本当に馬鹿だよね」
俺と違って姑息なことが嫌いなのは知ってる。
でも、それでも、俺を助けるなんて変。かなり変。都市伝説になっちゃうくらいだよ。
「あー…」
なんか軽く動揺してるのが読み取れた。いや俺も十分に動揺してるんだけど。
「だってノミ蟲が……」
「うん」
「跳ねなかったから…」
「うん。意味不明」
ダメだ、ポンコツだ。もうシズちゃんの脳みそは綺麗にまとめて修理に出した方が良さそうだと思った俺は携帯でセルティに迎えに来るようにと、メールを送った。