あたり一面真っ暗闇だ。それでいてふわふわと身体が浮かんでいる気がする。
現実味がない感覚にこれは夢かと思ったが、確かではない。目隠しされて木箱にでも詰められ海に投げられたのかもしれないし。
「総ちゃん」
遠くから聞こえたその声に思わず目頭が熱くなる。そして一瞬で悟る。これはやっぱり夢だ。だって姉上が居る。暗闇の中からゆっくりと歩いてきている。俺は堪えきれずに涙を流した。
「男の子でしょう。そんな簡単に泣いちゃ、ダメよ?」
「夢だから、これくらい許して下さい、姉上」
「上京して立派なお侍さんになるって言ってたじゃない」
「後悔してるんです、あいつになんか着いて行かなきゃ良かったって」
「どうして?」
「姉上を残して行って結果、死んじまった。最低だ」
「総ちゃんのせいじゃないわ。誰のせいでもない」
それでも姉上はもっと幸せになるべきだった。結婚して子供産んで何てことない普通の日常を過ごして。笑っていて欲しかった……できることなら土方の隣で。
「それは、エゴなんじゃねぇのか?」
「――俺、か」
気づいたら目の前の姉上は消えていていつのまにか真剣な表情をした十三歳位の俺が立っていた。
「自分の庭で飼いならしたいだけなんだ、お前は。大好きな姉上にも土方さんにも離れて行って欲しくないから。欲張りで、我儘で、優柔不断。だから欲しいものがいつまでたっても手に入らない」
「それでいいんでさぁ。手に入っちゃいけない」
「罪悪感を感じたくないから?とんだ弱虫だな。姉上はきちんと土方さん自身と自分を決別し、違う相手との結婚まで選んだのに。騙されてはいたけど少しの間姉上は幸せだった筈だ。土方さんだって上京したあの日、きっぱりと姉上への思いを割り切った筈。なのにお前だけずるずるとだらしなく引き摺ったままだ!」
「黙れ!!」
自分自身の言葉を受け入れたくなくて耳を塞ぎ首を振る。
暗い、暗い、真っ暗だ。俺の心は真っ黒でドロドロしたもので埋め尽くされている。
姉上がいなくなってから、明るい部分なんてひとつもなくて。何も見えない暗闇で覆い尽くされている。
「……悟」
――土方?
「総……悟」
声のする方から優しい光がぽわぽわと見える。近づいてみるとそれは暖かくて思わず強張っていた身体が解れる。この光にもっと包まれたい。俺は光の中にゆっくりと手を押し入れた。
「――総悟!!」
目を覚ましたら目の前一杯に土方の顔があった。額にたくさん汗をかいていて、それがポタリと俺の頬に落ちる。
「あれ……?」
何かとても嫌な夢を見ていた気がする。だが頭はぼんやりするだけで、内容を上手く思い出せない。ただ、優しい光に包まれたことだけは思い出せた。
「しっかりしろ!俺が誰だか分かるか…?」
「ひ、じかたしゃん」
舌を思い切り噛んでしまっていたのかじくじくと痛む。生暖かいものが口元を伝ってく。
ああ、ちょっとやられ過ぎた。顔の筋肉が硬直して上手く喋れない。
「……良かった」
誰にも聞こえない大きさで。俺の頭を腕でギュッと引き寄せたあと耳元でそう囁いた。
鼻を啜る音が聞こえる。顔が見えないから分からないがきっとみっともなく泣いているのだろう。
――男の子でしょう。そんな簡単に泣いちゃ、ダメよ――
どこで聞いたんだっけ。そんな誰かの言葉をぼんやりと思い出す。
確かにそう簡単に泣くものじゃない。何よりかっこ悪い。けど、こういう涙は別に嫌いじゃない。心の芯がぽわっと暖かくなって優しい気持ちで満たされるから。
俺の心はいつだって真っ暗だ。でもその中にいつも一筋の光が照らされている。
姉上が死んでからその光は薄れてしまったけど、根強く今も輝き続けている光の筋が二つあるんだ。一つは近藤さん。もう一つは、認めたくないけどアンタなんだ。
俺の光。それがある限り俺は独り暗闇に取り残されることはない。
無くすものか。誰かを殺してでも、自分を犠牲にしてでも―――。