(――好きもんだねぃ)

店のチラシを持ちながら適当に声を出していただけだったのだが、あっというまに沖田は大量の男に囲まれた。この時代、男を自ら好き好む奴がいることは百も承知だったがまさかこんなにもいるとは思わなかった。若干圧倒されながらも、捕まえた客を店へと誘導する。
無理矢理縛った帯に差した刀についてとやかくいう奴もちらほらいたが、沖田は達者に嘘を並べ何とかその場を凌いだ。そこらの男に負ける気はなかったが、もし何かあったらあまりにもガタイが違う奴相手に素手では抗えない。

仕事をしながら頭の中で沖田は先程のアゴ美の言葉を思い出していた。“気にして欲しいの”どうにもこれだけが妙にこびりついて離れなかった。かなり前からだが、沖田はこの感情に悩まされていた。近藤に対しても同じような感情を幼少の頃から今でも抱くことは日常的にある。が、土方に対しては微妙に違う……“ずれ”みたいなものがあるのだ。似てるが、全く同じではない。むしろ土方に関しては時折うっすら殺意も感じる。モヤモヤしたこの感情を嫌がらせという形に変えて土方にぶつけてみてるものの、一向に気分は晴れやしなかった。

一度考えだすとどうにも止まらず、ポケーッとしながらチラシを配っていた。ざわざわと周りにいる男達に話しかけられるものの、一切沖田は反応を示さなかった。

(嫌なのに…)

土方のことを考えてしまってる自分に戸惑い、嫌悪した。考えるなら楽しいことを考えたい。なのに苦しくなる奴のことをどうして考えなければならないんだと。

悪戯が成功した時は、凄く嬉しい。土方が慌てたり怒ったりしてやってくると、沖田は胸が弾んだ。その瞬間だけは、自分のことで頭がいっぱいなんだろうと思うとなんとも言えない気持ちになった。

「……総悟?」

雑音の中、やけに静かなその声は沖田の耳へと確実に届いた。

人込みに隠れ姿は見えないが、今の自分を“総悟”と判別できる人間は数少ないから、その声の主が誰なのか、沖田は一瞬で分かってしまった。思わず体が硬直する。どんどんこちらに近付いてくるのが分かるが、周りを囲まれてる為逃げようにも逃げれない。

「………っ!」

腕を強く掴まれ、沖田はハッと息を飲んだ。

「何…やっ、て…?」

人に揉まれた所為でいつもはしっかり着こなしている隊服がくちゃっと着崩れていた。煙草は咄嗟に落としたのか、咥えていなかった。その代わりに息をゼェゼェと荒げている。

「……今日は俺、オフですぜ。アンタにとやかく言われる筋合いはありやせん」

「それとこれとは話がまた違うだろが。何だよ……その格好」

頭から爪先まで舐めるようにマジマジと疑しげに見られた。思わずカッと頬に朱がさす。

今、土方はどう思ってるのだろうか?
姉と比べて、いたりはしないだろうか――?

そう思うと無性に恥ずかしくて、人込みを無理矢理掻き分けて駆け出した。力ずくで土方の手から逃れた瞬間、何でか分からなかったが泣きそうになった。
履き慣れない女物の履物や、風になびく度ふわりと揺れるかんざしが鬱陶しい。着物だって何でこんなに走りにくいんだと心で悪態をつく。

(分かってた、土方さんは今日巡回だって)

店の前を通るか、通らないか自分で賭けていた。予想通り沖田の大勝ち、見事に土方に見つかった。――見つけて欲しかった。

なのに今逃げてる俺って何がしたいんだろ?と沖田は苦笑する。

「総悟!待てっ…」

さし伸ばされた手をいつものように軽くかわしたつもりだったが、あろうことかその反動でフラリとよろけた。

(しまった。転ぶ…)

「……あれ?」

地面とこんにちはする筈だった沖田の顔は間一髪で停止していた。
ぐいっと力任せに引っ張られ、崩した体勢を持ち直す。
土方の手は、がっちりと沖田の腕を掴んでいた。

「……気をつけろよ」

「……」

「帰るぞ」

何か恥ずかしくて振り返れなかった。だんまりを決め込んだ沖田の手を握り、土方は歩きだした。

「……着物」

「あ?」

「着替えて返さねえと…。俺のじゃないから……。あと顔も洗いたい」

今更だが、さも当たり前のように土方は自分の手を握る。
昔からそれだけは変わらない。髪を切ったって、煙草を吸ったって、江戸弁移ったって。
この関係だけは変わらない。

沖田はそれが嬉しくもあり悲しかった。

「…別に似合ってるしこのままバックレてもいいだろ」

「いや流石にこのまま屯所には帰れやせん。冷やかされます」

「そうか?近藤さんは喜ぶと思うけどな」

土方が一歩先に出て手を引いていてくれて良かったと沖田は思った。背中なら、真っ赤に染まった頬を見られる心配をしなくていい。

「土方さん」

「何だ?」

「もう、何してたか聞いてきやせんね」

「……ああ」

ぴたりと足を止め、ゆっくり土方は振り返った。
安心してるような笑顔だった。『微笑む』という言葉はこういう時に使うのだろう。

「お前がここにいるなら、もういいよ」

そう言って土方は沖田の手を握っている手に力を込めた。

嫉妬は嫉妬でも、土方のは父性愛が揺らがしたもので恋愛感情ではないことを沖田は分かっている。

それでも素直に嬉しい。気にしてくれたことが、嬉しい。

土方の笑顔を見て、気持ちとは裏腹にずきんと鈍い音をたてる心臓。
認めたくないが、自分はこの男に恋しているのだと、沖田は分かった気がした。








END.


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