苛々してるなあ。
朝一番にボッサボサの頭をし、眠たそうにしてる土方を見て沖田はニヤリとした。どうやら効果は絶大なようだ、と。








「おはようございます副長……ってどうしたんですか!?」

朝ご飯を食べようと食堂に向かっていた山崎は土方を見て驚愕した。目の下に凄いクマ、髪の毛は寝癖が所々跳ねている。それに本人から漂う怒りオーラはいつもの数倍だ。いったい何があったんだと目を丸くした。

「……総悟はどこだ」

「えっ……お、沖田隊長ならさっき客間で見ましたけど…」

客間は庭を挟んで、土方の私室の真正面にある。それを聞いた土方はギリギリ奥歯を噛み締め物凄い剣幕でそこへ走り出した。

障子はすでに開いていて、沖田は胡座をかいて悪戯に成功した子供のような笑顔で土方を出迎えた。

「おはようございます土方さん。昨日はよく眠れやしたかぃ?」

「眠れたと思うかこの野郎ォォオ!?やっぱお前かっ、どんだけ俺が苦労したと思って……っ」

「やだな、何でちょっと涙目なんですか?そんなに怖かったですか?怯えましたか?」

憤る土方に目をキラキラさせながら沖田は聞いた。

「ワクワクしてんじゃねえよっ!こっ怖くなんかなかったが、煩くて眠れるかボケ!」

「そんな…あれけっこう高かったのに……ヒデェやっ!」

そんな、みちをさん私信じてたのに…みたいな見事な昼ドラノリ。沖田のテンションは上がるが、土方のテンションは下がる一方だ。

「うっせぇぇえ!ってかあの声はどっから流れてんだよっ!?」

「土方さんの枕ん中」

昨日土方が仕事をしている隙に拝借して、縫い物ができる隊士に枕に細工させて入れたのだ。――怖い話が永遠と続くテープレコーダーを。

「も、お前本当……もう……」

相当昨夜のダメージが大きかったのか、ヘナヘナと腰を降ろすとはぁあと大きなため息を吐きうなだれた。そんな土方を見てまた沖田は微笑する。

(昨日誰のこと考えてやした?)



* * *


「あれ、沖田君…」

非番で仕事もなく、特に大した用事もない。ぷらぷらと歌舞伎町を徘徊していたらばったり銀時に会った。
しかし今日の銀時はいつぞや見掛けたことのあるパー子の姿だった。何やら焦っている様子で沖田は嫌な予感がした。立ち去りたいところだが、声をかけられた以上そういうことにもいかず。

「旦那、仕事ですかぃ?」

「ああ仕事仕事…っつっても別にやりたくてやってる訳じゃねえからな。人手が足りないから金出すからこいって無理矢理なー…」

「へえ…そりゃ大変ですねぃ」

「そう、大変な訳よ。まだ人足りねぇし……」

意味ありげにチラチラとこっちをわざと見てくる銀時に沖田は苦笑いをする。潮時だなと去ろうとした瞬間、ガシッと思いっ切り肩を掴まれた。

「お願い、沖田君もきてくんねえ?」

沖田は数十秒前の自分を激しく呪った。








「えー、今日だけ臨時で入りまーす総子でーっす」

 抵抗は虚しく、結局銀時によって強制的にオカマバーに沖田は連れてこられた。こうなりゃ腹括るしかないと銀時に化粧をされ、女物の着物を着らされ、今に至る。
間の抜けた自己紹介に沖田は突っ込みたくなったが、それも面倒くさかったので、やめた。思わぬ美形の登場にオカマ達はざわつき始める。

「パー子ォォ!何っこの子!?何っ!?」

アゴ美は興奮しながら銀時詰め寄った。ポリポリと銀時は困ったように頭を掻き、隣りにいる沖田を一瞥した。

「何って…人間?」

「当たり前だボケェっ!私はどこでこんな可愛い子ゲットしたのか聞いてんのよォォ!」

そう指差されながら言われ沖田はムッとする。可愛いとか女の子みたいとか言われるのは褒め言葉だとは思っていないからだ。
むしろそれは沖田にとって男して屈辱的なことだった。

「あー…まあいいじゃん。細けぇことは気にしない気にしない。とりあえず仕事に戻んなきゃヤバいだろ」

「あっ、そうね!じゃあええと、総子!ちょっとこっちにいらっしゃいな」

アゴ美に手招きされ、渋々沖田は近寄った。何をされるのかと怪訝そうに見ていたらプッと軽く笑われた。

「そんな怖い顔しなくても大丈夫よ。これ、付けてあげるだけだから、ね?」

目の前に出されたのは赤い花の飾りがついたかんざしと、水色の透き通った香水だった。鏡を持たされ、沖田はかんざしを付けるところを自分で見たが姉とはまた違う印象を受けた。どちらかと言えば、淡い色が似合う人だった。逆に沖田は強い色がよく栄え、それでいて儚い印象も不思議と感じられる。

「いいわねぇ…ほんとに似合うわよ。次はこれ。腕を貸して?」

「……香水ですかぃ。俺ぁ、あんまりそれは好きじゃねえんですけどね」

「あら、どうして?」

「いちいち…鼻につくんでさ、」

(これは…女の香りだから)

一瞬頭に過ぎった人を振り払い、疑問に思ったことを沖田は質問した。

「なんで、女はこんなの付けるんで?」

アゴ美は沖田の腕を捲りながら、ううんとありきたりな声で唸った。

「人それぞれ理由があるんじゃないかしら。おしゃれだったり、女としてのマナーと感じてる子もいたりするけど……。でも一番多いのは気にして欲しいからでしょうねぇ」

「気にして欲しい…」

「そうよ。好きな人に気にして欲しいの。この香りは私。今いい匂いがしたのは私よってね。少し大袈裟に言ってるけど……そんなもんよ」

「ふーん……」

シュッと吹き掛けられた香水は、こんな所で働くような奴には似合わないような清楚で爽やかな香りだった。

「おいアゴ美〜っ!客詰まってんぞ!サッサと来やがれっ」

「あずみだって言ってんだろがぁぁあっ!!――っもう…、じゃ、総子は客の呼び込み頼むわね。アンタなら一気に客が群がるわ。何かあったら叫ぶのよ」

「へーい……」

銀時に急かされバタバタとアゴ美が表に出て行ったのを確認し、沖田は着替えた時に置いといた刀を再び手に取り、ぷらぷらと店頭に出て行った。



――最悪の相手に見つかるとも知らずに――











*続きます。



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