シズちゃんは何か起こると必ず俺が臭いって言う。だけど今回は逆だ。
笑顔の仮面を張り付けて俺は静かにアパートのインターホンを押す。
暫くしたらシャツとジャージというミスマッチな姿のシズちゃんがドアを開けた。

「お疲れ様。何その恰好、すっごい笑える」
「帰れ」

そう答えるまでの時間は1秒だった。

「そういう訳にもいかないんだよねぇ。君にはある容疑がかけられている」
「はあ!?手前またなんかやらかしたのか!!」
「そ・れ・は!こっちのセリフだよ」

半分開けてるドアの隙間から無理矢理押し入って、俺は素早くドアを閉めた。
シズちゃんは当然イラついた様子だけどそんなの関係ない。だって怒るべきは俺の方なのだから。

「ねえ、俺たち付き合ってるんだよね?」

じとりと粘つくような視線を送れば余白を置いて頷いた。
ふうんと返答すればシズちゃんの顔がサッと赤くなる。単純だねえ、今さら恥ずかしがることなんてないじゃん。お互い隅から隅まで見られてるんだし。まあ、それは置いといて。
問題はこの匂いだ。鼻につく女物の香水。スウィーツの甘い香り。吐き気がする。

「じゃあさ。浮気はダメだと思うんだ。シズちゃんはそう思わない?」

にこりとそう微笑んで問うと、怪訝そうにシズちゃんは顔をしかめた。
自覚がないなんて余計腹が立つ。シャツの襟を掴んで鼻に当てる。

「これだよ、この匂い。臭い」

こんなに染みこんでるのに気付かないとか。鈍いというか馬鹿というか。
……自覚が足りないというか。

「手前、さっきから何言ってんだ?」
「本当のことー。しらばっくれてるのは君。ね、仕事はさ直帰してきたの?」

「いや、ヴァローナと飯食ってきた」
「へーえ。二人で?」
「……んだよその目は。部下と飯食って悪いかよ」
「仕事が終わったら完璧プライベートだよね、分かるでしょ?」
「うぜえ。だからなんだ」
「はい。確定。君はこの瞬間浮気という容疑を認めた犯罪者になりました」

否定しないだけまだ苛つかない……訳があるか!!何当たり前ですみたいな顔して浮気してんだ。500回くらい死んじゃえよ。

俺に人差し指を刺されたシズちゃんはポカンとした後、いつもの通りキレ出した。

「勝手に決めてんじゃねえ!俺は浮気なんかしてないだろこのノミ蟲が!!」
「はっ!!こぉーんな移り香残しといてバレたら逆ギレ!?気づかないと思った??臭い臭いとずっと思ってたよ俺は!!」
「一緒に居たんだからしょうがねえだろーが!!」
「肯定するなよ馬鹿!もう嫌だシズちゃんなんか嫌いだ!!」

最後まで笑顔でじわじわと追いつめる作戦だったのだが、心の我慢の許容量がボタボタと溢れ出た。

こんな筈じゃなかった。最後に俺の元へ戻ってくるなら、別に浮気くらいしたら?なんて言うつもりだった。けど実際本人の口から事実を聞くとちりちりと胸が爛れて余裕なんて無くなってしまった。ばか、ばかばかばか、シズちゃんのばか。

もう帰ろう。目の前の浮気男なんてほっとこう。踵を返して背を向けてドアノブに手を掛けた。――思わず小さな声が漏れた。後ろから瞬時に抱きしめられ、ノブに掛けた手にシズちゃんの手が添えられている。


「離し、……っ」

強制的に顎を掴まれキスをされる。塞がった俺の口からは抵抗の言葉ではなく、快楽の吐息が漏れた。悔しくて舌を噛もうとするがするりと上手く避けられてしまう。
くちゅりと水音が響いて俺は耳を犯されているような気分になった。
なんとかくだけそうになってる腰に力を込め、右足の踵でシズちゃんの足を攻撃する。
だがそんな些細な攻撃が効くはずもなく。お仕置きだと言わんばかりに一層深く舌を絡ませられた。

「あ……」

やっと解放された口から酸素を思い切り吸う。
無言で顔を背けていたら、今度は優しく抱きしめられた。

「何度言えば分かんだよ。俺は手前しか…臨也しか好きじゃねえって」

耳元で囁かれた言葉はどこか切なげで。心臓が鷲掴みされた。
どんどん速まる鼓動が恥ずかしくて耐え切れなくなった俺は両目を瞑る。
顔が熱くなるのを感じてもうどうすればいいか分からない。

「シズちゃ……」
「勘違いすんな。……好きだ臨也、好きだ、」
「わ、分かったから」
「好きだ」

まるでそれしか覚えてないみたいにシズちゃんは「好きだ」と繰り返した。
……結局総合的に俺が負けた感じが否めない。
馬鹿じゃないの。でもそれはこんな俺を不安にさせないためにしてくれている。
けど二人きりで食事は許さないから。やっぱり500回死んで。あ、でも輪廻転生はしてね。シズちゃんがいない人生なんてつまんないからさ。どうしてか?だって、俺シズちゃんのこと、愛してるんだ。馬鹿だよねぇ。





END

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