バリン、と乾いた破裂音が廃墟と化したビル内に響く。

「欲張りだねぇ」

自分の真後ろの硝子が、頬を掠めて割られたというのに臨也は余裕のある笑みを浮かべた。
反対に静雄は真正面で憤りを隠さず息を荒げている。

「俺まで欲しいなんて、強欲だ。君は罪歌の件から沢山の人間に愛されてるじゃないか」
「もともと……てめぇは俺のもんだろうが。殺すって決めた時からずっとな」

フードを深く被った顔からは表情がうまく読み取れない。けれど釣り上がった口角で満面の笑みだと分かった。やらしく、見下すような、そんな笑み。

静雄は臨也が憎い。この苛立つ表情をぐちゃぐちゃと壊してやりたい衝動が込み上げてくる。しかし相反して愛してる、という感情もあるのだ。

なぜだか本人もよくわからない。それでも、愛してる。

「じゃあ、今が絶好のチャンスだ。殺せば?死んではやれないけど」

臨也は受け入れるように両手を広げた。言動と行動が矛盾しているが、それは本人もよく理解しているつもりだ。

静雄は喉を上下に動かし、折れるくらいの力で臨也を抱きしめた。

「殺す殺す殺す殺す殺す……ノミ蟲なんか、死んじまえ」

数分前は愛してると言ったくせに。彼は愛と憎しみを同時に吐き出す。なんて贅沢なんだろう、と臨也は目を細めた。

背中に手を回し服の裾からナイフを取り出す。そしてそれを躊躇いもなく静雄に突き立てた。数ミリ刺さった傷口からは鮮やかな鮮血が滲む。「……!」

手に付着させた血を音をたてて舐め、臨也は顔を歪めた。

「君の血は普通に赤くて、鉄の味がする。変だよねぇ。人間としてなんて到底考えられない力なのに」
「なんとでも言いやがれ……俺はもう自分を拒絶しねえ」
「だから人を愛する余裕ができましたーってわけ?笑わせる。君はもう俺が憎くないの?」
「んなわけねえだろうが。手前の顔見ただけで理性なんて吹っ飛ぶくらいにぶっ殺してえよ」

でも現に静雄は目の前の標的を殺せずにいる。

「シズちゃん。君は俺をどうしたいの」

殺したい 犯したい 愛したい?

「俺はね、君を一生愛せない。だからお願いだよ。癪だけど、お願いする」

――不特定多数に向けられる感情なんていらない。与えたくない。特別なら尚更、周りと同じなんて吐き気がする。

君は今まで他とは比べものにならない殺意を俺に抱いて。
俺は人間じゃない君を愛することはできなかった。

それは最高に心地好い感情の渦。いつまでも浸っていたい甘美な空間。

「俺と君の、唯一無二の関係を奪わないで」


(君と違って、もう俺にはそれしかないんだから)










END.

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