目の前でまるで舞うようにヒラヒラと逃げる黒揚羽蝶。
なぜか胸の奥底から熱い気持ちが込み上げて、それを捕まえようと手を伸ばした。

「あ……」

虚しく空を切る手。
開いた掌をギュッと握りしめる。そして、走る。逃げ出した蝶々をこの手に掴むために。

追いかけて
  追いかけて
    追いかけて


あと数センチ。それだけの距離でやっと手に入れられる。その刹那、蝶々はポワポワと光りだし人の姿へと形を変えた。

「なん、で」

彼の瞳に映し出されたのは静雄が消えることをひたすら願う、眉目秀麗の彼、臨也だった。

「なんでだよ」

追いかけていた蝶々は。
欲しかったあの綺麗な黒揚羽蝶は。この手で触れられることはもう叶わないのか。

――ねぇ。

ただ発っせられた呼びかけ。
気づけば臨也は静雄に顔を近づけ、笑顔を浮かべていた。

「 」

臨也が紡いだ言葉は無に消えた。静雄がそれを拒否したからだ。だから、虚しく端正な唇が動く動作だけが目に映る。

――ああ。うるせぇ、うるせぇよ!!もう何も何も何も何も、







「言うなっ!!!」

心臓が早く脈打つ。自分の声が耳に児玉する。激しく起き上がったことによって起こる小さな頭痛。時刻は午前8時になったばかり。
ハァハァと乱れる呼吸を整えながら、今しがた見た光景が夢だったことを理解した。

――胸糞ワリィ……。

それもこれも全部臨也のせいだと静雄は考える。出会った頃から二人の相性は最低最悪だった。おかげで一年生から三年生の今までずっと彼を追いかけている気がする。
だから、先程のような夢を見てしまうのだろう。

――あ、やべえ!
――遅刻する!!

ふと目に入った時計の針が登校時間間近だということに気づき、慌てて布団から飛び出し準備を始める。
と、同時に携帯の着信が鳴り響いた。着信先は新羅からだった。だからという訳ではないが、なんの躊躇もなしに通話ボタンを押して耳に当てた。

「もしもーし、シズちゃん?」

静雄は数秒前の自分を呪った。

「……手前なにしてんだ」
「だって俺は君の電話番号なんて知らないからね。知りたくもないんだけどさ。何してるか?それはこっちの台詞だよ」
「俺だって教えたくもねえし知りたくねえよ!!」
「……そう」

――は?

思わず手に持っている携帯を落としそうになる。
あまりにも普段の臨也とは結び付かないような、細い声。まるで悲しかったりショックを受けたような…そんな声だった。

でもそう感じたのは一瞬。

「早く登校しなよ。シズちゃんに会いたくて会いたくてたまらなーい人達がたっくさん今日もいるんだからねぇ……じゃないと君の家まで押し寄せちゃうかも。え?知らないだろって?やだなあ!俺が知ってるんだから充分じゃないか」
「……あぁ!?」
「簡単にいうと、化け物退治さ!賢者様に素敵な報酬が用意されてる勇敢な勇者たちは化け物を倒したくてウズウズしてるって訳だ」

いつも通り吐き出される調子の良い言葉の羅列。
それによってさっきのまるで偽物のような臨也はすぐさま静雄の脳内から抹消されたからだ。

――こ の 糞 野 郎 。
きっと数日前に少しだが殴られたことを引きずってんだろう。放課後ならまだしも朝早くから嫌がらせとはなんて奴なんだ。もうぶっ殺す。さっきの声は俺の耳が寝起きだから変だったんだ、決まってる。

沸々と沸き上がる怒りが手に篭る。ミチミチと危険な音をたて、今にも携帯が粉砕しそうな勢いだ。

「いぃーざぁあ……あっ!」

プツッ…と。
臨也によって電話は一方的に切断された。このまま電話越しに喧嘩をしても携帯が壊れるだけなので、静雄にとってはよかったかもしれない。
だが、不完全燃焼の怒りはぶつけ場所をなくしなんとも気持ち悪さが残る。

「くそっ……!」

イライラする、イライラする。

朝から晩まで頭の中は臨也のことばかりが堂々巡り。
静雄だってそんなことは考えたくないのだが、そうせざるを得ないのだ。
何を言ってるのかも、考えてるのかも…つかめない。

ふと、自分の手を見つめ今朝の夢を思い出す。追いかけても追いかけても蝶々を捕まえられない。しかもそれが臨也に変わるという最も見たくない夢を。

そして最後に言われた言葉。

「……んなわけねえよ」

眉間にシワを寄せながら、静雄はその言葉の返事を返すように、静かに呟く。


ヒラリ ヒラリ…


夢の黒揚羽蝶が、視界の端に映った。そんな気がした。







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