好き 嫌い どうでもいい。
――人間は限りなくこの三択に絞ろうとする。それはとても無意味で滑稽だけど、それが人間ってイキモノなんだよねえ。

午後、3時。臨也はそんなことを呟きながら殺伐とした裏手のグラウンドにやって来た。木陰でまるでひとつの仕事と終えたあとのようなタバコの吸い方をしている門田は目を丸くして珍しい来訪者に声をかける。

「お前、それ、静雄か?」

せっかくの眉目秀麗な顔立ちに、くっきりと残る打撃痕。
それは青くなりみるからに痛々しい。

スリスリと患部を摩りながら、臨也は門田の隣に腰を降ろす。

「最近なんだかあいつ、無茶苦茶なパルクール覚えてだしてさ。俺のあとを追っかけるうちに身につけたんだろうね、やんなるよ全く。しかもコレ掠っただけだからね」
「そうか。お前が攻撃受けるなんて珍しいと思ってな。…ところで、さっきのはどういう意味だ?」

いつもならめんどくさいので臨也の理屈めいた話は追求しない。だが珍しく何やらへこんでいるように思えた門田はその話に乗ることにした。

臨也はしばらく門田を見つめ何か考え込んだ後に、爽やかな笑顔を作り出した。

「…優しいねぇ。だから好きさ。ドタチン」
「勝手に理解してお礼なんか言ってんなよ。言っとくが、聞くのは今日限定だ」
「それ、何度も聞いた」
「その度お前がへこんでたってことだろ」

フー…と肺に吸収した煙を吐き出しながら門田は続きを促した。臨也は副流煙の恐さを語りたい衝動を堪え、いつも通り軽快に口を開いた。

「例えば、人はすれ違う人達のことをどういう風に思うのか?答えは簡単。何とも思っちゃいないんだ。何日か前の夕飯を思い出せないくらいどうでもいい訳なんだよ」

門田は黙って話を聞く。余計な口だしは無用だからだ。

「でも、それ以外は誰でも区別をつける。家族は好き。あの先輩は嫌い。友達は好き。あの先生は大嫌い!けどさ、相手はこっちをどう思ってるかなんてわかんないよね?」
「……」

ニャア、とどこからか白い毛並みの猫が迷い込んで来た。自然と門田はそっちに目をやってしまう。もちろん、耳は臨也の言葉に傾けたまま。

「俺は明確な答えが欲しい。嫌い?大歓迎さ!俺も嫌いであっちも嫌い。どうでもいい訳じゃないからね。それだけで存在価値があると思うんだよ」

近寄ってきた猫の頭を撫でながら、門田は静かに口を開いた。

「あのよ」

――お前、静雄が好きだろ。

「……猫、好きか?」

心の中の問い掛けをぐっと堪える。間違いはないが臨也のことだから、否定して自分をキチガイ扱いするに決まってる。

臨也は訝しげな目をして、門田の足元にいる猫を見つめた。

「猫は好きだよ。ただ、その猫はどうでもいいかな」

そう言いつつも、猫へと手を伸ばす臨也。しかし人の気持ちに敏感な野生の動物は、その気持ちを読み取り敵意には敵意で返す。
俗にいう華麗な猫パンチが臨也の手の甲に三本の傷をつけた。

「ッ……」
「あ」

普通なら顔をしかめるところだ。だが、臨也は嬉しそうに口元を緩めた。

「どうやら俺のことが嫌いなようだ。嬉しいなあ、これで俺も君のことを思う存分嫌えるよ。でも、残念だけど……」

「いざゃぁぁああ!どこ行きやがったぁぁあ!!」

すぐ近くで色んな破壊音を奏でて、何かが迫ってくる。否応なしにそれは怒り狂った静雄以外ありえないのだが。

「俺にはさらに俺を嫌う化け物がいるんだよねぇ。だから俺もアイツを片付けるまで君の相手はしてられない」

そう言って、やはり嬉しそうにニィ、と臨也は笑って自分を敵として殺す勢いでやってくる人物の前へとわざわざ姿を現しに行ったのだった。

置き去りにされた門田はただ、――あいつらって何年たっても今のままな気がすんなあ。
と、途方にくれる思いで走り去る臨也の後ろ姿を見送った。







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