広い校内に響く終業ベル。それぞれ散らばる生徒たち。部活や帰宅する者もいる中で、ひとり臨也は保健室に向かった。
試しに軽くノックをする。
返事がないことで先生が不在なことを確認し、室内へと足を踏み入れた。
(あ、まだ寝てるんだ…)
運ばれたのはついさっきだというから、それ程驚きはしない。けど自分と彼しかいない密室で無防備にすぅすぅと寝息を立てている。それが変にむず痒い。
「靴は一人分か……」
――なんだ、つまらないな。
せっかくだから女子と保健室でまぐわってるところでも写真に収めてやろうと思ったのに。
カーテンの間を潜って中に入る。ベッドには苦しそうな静雄が横たわっていた。顔を紅潮させて額に汗を滲ませて。
「馬鹿は風邪引かないっていうのは迷信だったんだねえ」
「ん、……待て」
喉もやられているのか掠れた声で寝言を呟いた。待て、と言うからに自分は夢の中でも追われてるのかと臨也は苦笑する。
「せっかくだから弄っていかないと損、損っと。ああ、水性か油性か迷うなあ」
ポケットからマジックを取り出して二本を比べて悩む。
(消えにくいのは油性だけど)
サラリとした金色の前髪を指で触る。顔に余分にかかっていた髪を分けてはっきりと見える様にした。
「君の顔は嫌いじゃないし」
やっぱり汚したくないかも、と考えながらじっくりと静雄の顔を観察する。
整っていて綺麗な顔だ。汗ばむ額と震える睫毛が色気を振り撒いている。キレやすい性格と怪物なみの力がなければ、さぞや女が群がるだろう。
そう考えるとやはり苛立ちを感じ、どんな落書きをしてあげようかと近づいた。
その瞬間。
「え……」
腕を力強く引っ張られバランスを崩す。上半身が静雄の胸へと倒れ込み、あろうことかその上からもう片方の腕でがっちりホールド。
シャンプーの香りなのだろうか。鼻先にフワリと甘ったるいムスクの匂いが触れる。
思わず眩暈がした。心臓がけたたましい。
「あっ……く、」
嫌な音をたてて背骨が軋む。
捕まれた左手首も痛い、今にも折れそうだ。これでも彼は起きていない。臨也は痛みと悔しさで顔を歪めた。
「シズちゃん……!」
怒気を含めた声でそう名前を呼んだら、静雄はうっすらと瞼を開いた。