「あれ?副長呑まないんですか珍しい」
山崎が徳利を持ちながら「失礼します」と言って土方の隣りに座った。
「今日はんな気分じゃねえんだよ。俺はもう帰りたい」
一度顔を見せたのだから、用事があると言えばなんなく帰れるだろうと土方は思っていた。
だが他の隊士や遊女がそうはさせなかった。
「ええ!そんなこと言わずに。いつもの副長らしくないですよ!」
「せや〜、帰らないでおくれやす土方はん!」
山崎と遊女に無理矢理目の前に酒を出される。
あまりにもしつこく迫ってくるので、致し方がなく酒を呑んでしまった。
「さすが土方はん、話が分かりますなぁ」
酒で酔っているのか元々そのつもりなのかは分からないが遊女が腰に両腕を回してきた。
「オイ…離れろって」
優しくペンっと手をはたくがなかなか遊女は離れようとしない。
「嫌どす。いつもそうやって……いつの間にか消えるんどすから」
最近になって…総悟と付き合うようになってからというもの、土方は一度も遊郭で女を抱いたことはなかった。
それが不満だったのかいつにもまして遊女は積極的だった。
「ずりー俺もー…」
すでに酔いが回っているのか真っ赤な顔で山崎も抱き付いてきた。
「ちょっ…ざけんな山崎テメッ」
なんとか2人降り払ったものの、沖田はちゃんと一部始終を見ていた。
「ん〜どしたぁ、沖田くーん。お顔が怖いんだけどー…」
尋常じゃない沖田の表情を見て思わず松平が話し掛けた。
沖田はギリギリと徳利(トックリ)を握り締めて土方を睨む。
鈍い音と同時に徳利が割れた。
「…オイオイ何してんのお前」
その瞬間を土方は見ていた。
徳利を割るなんてすごぶる機嫌の悪さだろう。
「……話し掛けんじゃねえよコノヤロー」
破片で手を切っているにも関わらず、沖田は気にもせず再び酒を呑み始めた。
「お前、血っ……」
掌の傷に気がついて土方は沖田の手首を掴んだ。
だが勢いよく振り払われてしまう。
「触んな!!!アンタなんか大嫌いでさァ!」
「ーーーーーっ!!」
硬直した土方の隣りを勢いよく走りさって行く。
目頭がとても熱くなるのを沖田は感じた。
(大嫌いでさァ、大嫌いでさァっ……!
アンタは俺の気持ちを少しも分かってない。いつもいつも、軽く受け流して……。
嘘の言葉の中に隠されてる本当の気持ちを見ようともしないで…!!)
無我夢中で走っているといつの間にか知らない場所に出ていた。
遊郭の中なことは確かだが、何処をどうやって来たのかが分からなくなってしまった。
暫くウロウロ帰り道を探して廊下を歩いていると一室から妖しい声が聞こえてきた。
「ぁっ……郎さんっ…あんっ…」
女特有の甘ったるい喘ぎ声。
「はぁっ…とし…うさんっ…!!」
(ー…え?
十四郎…!?)
沖田は耳を疑った。
そんなはずはない、有り得ないと心の中で何度も繰り返す。
まだ数分しかたってないしすれ違ってもいない。でも…階段を使わずにエレベーターで移動したなら?
この目の前にある扉の向こうにいるのが土方だという可能性は高くなる。
止まることのない喘ぎ声は沖田を虚しくさせた。
やっと引っ込んだ目頭の熱さが蘇ってきた。
唇を噛み締めて何かが溢れそうなのをグッと堪える。
(もう…屯所に戻ろう)
いつまでもこんな処にいてもおかしくなるだけだ。
初めから女目的で来た訳ではないのだから。
でも土方は違った、自分と同じ気持ちなんかじゃなかったんだ。
そう思うと悲しいよりも怒りがフツフツと沸いてきた。
許せない。
抱き付く女と山崎、そして一瞬でもそれを許した土方が。
沖田は高ぶる気持ちを必死に抑え、1人で屯所へと帰って行った。