入った途端に女に張付かれ、心底土方はウンザリした。
女を傷つけるのは柄じゃない土方は自分の乱暴な言葉で傷つけてしまわないように女と話す時は毎回気を使っていた。
「悪ィけど、離してくんねーか?」
優しくそう言うと、女は眼をトロンとさせて大人しく土方の言う通りにした。
やれやれ…。
そう思った瞬間後ろから物凄い殺気を土方は感じた。
恐る恐る振り向けば、気を逆立てている沖田がいた。
何を言うでもない、只こちらをジッと見据えている。
「――オイ、山崎。どの娘が好みでぃ」
沖田は土方の方を見ようともせず、山崎に話し掛けた。
「え?あ……ううんと、あの娘が好みです」
髪の長い遊女なのに妙に清潔感のある可愛い雰囲気の女を山崎が指名した。
はーん、こんなのがコイツの好みかと考えながら土方の様子をちらりと覗き見る。
触られてはいないものの、周りにいる女の数は減っていない。
近藤や他の隊士達はまるで無視だ。
(こうなりゃ俺も男になってやる。
アンタがそのつもりなら俺、もう知りやせんから)
ツカツカと山崎が指名した女の側にかけよる。
「あら、綺麗な隊士はん。今日は楽しんでおくれやす」
大人しめにニコリと笑う女の顎に沖田は手をかけて、耳元で優しく囁いてやった。
「アンタが俺を楽しませてくれるんですかィ?」
ピクンと身体を震わせた女は濡れた瞳で沖田を見る。
「もう…せっかちなお人どすね。まだ酒も入っていないのに」
グイッと顎を持ち上げ至近距離で眼を合わせる。
「酒なんかなくっても十分アンタに酔ってるんですぜ……?」
容姿端麗な沖田にそう甘く囁かれてオチない女はいない。
女は沖田を震えた眼で真直ぐに見つめた。
「……総悟、何、してんだお前は」
呆れた声で土方に尋ねられ、勝ち誇った顔で沖田が笑う。
「別に?只、女を口説いてるだけですが何か問題でもありやす?」
土方は苛ついたように舌打ちをして沖田の肩を掴んだ。
「さっきから何なんだよ総悟!何怒ってんだ!?」
それを振り払い鋭く土方を睨む。
「はぁ?何言ってんのか良く分かりやせん。…さ、早く席に着きましょう近藤さん」
近藤を席に着くように施すと何ごともなかったかのように沖田は女肩に手をまわし、スタスタと離れていった。
土方が複雑な顔をしていると女達がまた張付いてきた。
「どないしたん、土方さん。具合でも悪いんどすか?」
「いや…そうじゃねえ、大丈夫だ」
苛々にも悲しさにも似つかない感情が土方を渦巻いていた。
胸の気持ち悪さは一向に増すばかりで、女達を振り払う気力もなかった。
「よーぉ真選組の諸君!さぁ座れ座れぇ!!」
すでに酔っている松平が笑いながら手招きをしていた。
「とっつぁん、今回はわざわざ御招き頂いてありがとうございます」
お妙以外の女に今は興味がない近藤は遊女には眼もくれず、ビシっと綺麗な姿勢で座って松平と話し始めた。
そんな近藤を見て沖田は誇らしく思う。
(やっぱり近藤さんは流石でさァ、アイツとは全然違う)
「ねえ、沖田はんはお酒呑みます?」
先程の女が沖田の服の裾をツン、と引っ張った。
「…呑みまさァ、酌してくだせェ」
本当は女などどうでもいいのだが、やはりあの土方の態度に腹が立つ。
自分というものがありながら他の女にも簡単に微笑む土方が心底憎らしかった。
沖田はその腹いせに自分も土方と同じことをしてやろうと思った。
ふと視線をそらすと、土方はお酒に手をつけていなかった。
周りにいる遊女にいくら進められても首を横に振った。
土方は沖田に言われたことを忠実に守っていた。別にまったく呑むなとは言われてないがこれ以上、土方は沖田を怒らせたくはなかった。