賢司と知り合って一番最初の思い出で、もしかすると一番綺麗な思い出───
目立つ容姿と話術、初対面が飲み屋だというのが賢司とサトシを重ねてしまう原因かもしれない。


どれくらいそうやっていたのか。
照明をつけずにいた室内はすっかり暗くなり、肌寒さを覚えてやっと時計を確認した。
時刻はすでに夕刻だった。
着替えることもせず、ベッドとソファの上で1日を過ごしてしまったようだ。
「お腹、空いたかも・・・」
何もしていないとはいえ、空腹はやってくる。昨夜、バーで軽くつまんでからは酒以外を口にしていないのだから。

握り締めたままでぬるくなってしまったミネラルウォーターを飲み干し、考えるまでもなく出掛けることにした。
だるさの残る身体で料理を作る気にはなれないし、何より寒々としたこの部屋に一人で居る気になれなかった。
軽くシャワーを浴びてカジュアルな服装に着替えると、携帯と財布をコートのポケットにしまって日が傾きはじめた住宅街を駅へと向かう。
電車を待っている間に短いメールのやりとりを終えると、すぐに電車がホームに滑り込んできた。


終着駅に着いた頃には日もすっかりと暮れ、ビルの間を抜ける風は一層冷たさを増していた。
まだ早い時間だというのに人の溢れる歓楽街のメインストリートを避け、薄暗い路地裏の怪しげな店の前を通り過ぎた先の雑居ビルに入る。
扉に掛かった木製の小さなプレートには『CLOSE』とあるが、優生は気にせずに金属製の扉を開けた。
「お、早かったな。鍵閉めとけよ」
Vespertineのマスター、志信(しのぶ)が店の奥から顔を出した。

言われるより先に慣れた手付きで施錠をした優生は、開店前の整然とした店内を見回し、いつものようにカウンターの端の席に腰を下ろした。
「誰も居ないんだから、真ん中に座りゃいいだろ」
いつもカウンターの中で静かに微笑み、常連と話すと言っても砕けていながら丁寧な姿勢を崩さない志信が雑な言葉遣いで笑っている。
優生も笑顔で返したが席を動こうとせず、志信もそれ以上は何も言わなかった。

「はい、ちょうど出来たよ」
そう言ってウーロン茶の入ったグラスと湯気の立つ皿が優生の前に並べられる。
いつもは酒の肴が並べられるシンプルな楕円の皿に盛られたのはチャーハン。店のメニューにはない。
「久しぶりですね」
「お前が店やってる時間にしか来ないからだろ」
拗ねたように口を尖らせる志信は、優生と十歳以上も歳が離れているようには見えず、その幼さに優生の顔も綻んだ。


[*]前ページ [#]次ページ
[0]小説top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -