辛うじてスーツの上下は脱いでソファに掛けてあるが、風呂にも入らずにワイシャツとトランクスだけという格好でベッドに入っていた優生が目を覚ましたのは、太陽が傾きかけた昼過ぎになってからだった。
時計を確認するまでもなく、カーテン越しに差し込む昼の日差しに、眠りすぎてしまったことを知って布団の中で肩を落とした。いくら休日とはいえ、一人住まいでは洗濯や掃除などやらなければいけないこともある。
それでも掃除と買い物くらいはできるだろうと頭の中で算段しつつ、まずは喉の渇きを癒そうと布団から起き上がった。
「・・・痛っ」
途端、思い出したように優生の頭がズキズキと痛みだす。

昨夜はエアコンをつけたまま眠ってしまったとはいえ、薄着で布団にくるまっていた。痛いほどの喉の渇きもあって風邪でもひいたかと思ったが、それにしては頭も重たい。
体温計をしまった場所を思い出しながらベッドから足を下ろすと、コツンと硬質で冷たい物が足先に当たった。
何かと思って視線を下ろすと、ビールの空き缶が床に転がっていた。一本や二本ではない。冷蔵庫の晩酌のストックを飲みきってしまったのではないかという量だ。
喉の渇きと頭痛の原因が容易に知れた。
酒に強いとはいえ、外で飲んで帰ってこれだけ飲めば二日酔いにもなろうというものだ。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ペットボトルから直接喉に流し込む。ボトルの半分ほど飲んだところで、やっと落ち着いてソファに深く凭れた。
それにしたって、なんでこんなことになったのかと、改めて部屋に散らばった空き缶を眺めて頭を抱える。
起きぬけなことと二日酔いの頭痛で、昨夜の記憶には霞がかかったようだったが、過去に浴びるほど飲んでも記憶が飛んだことはないので思い出すことは容易だろう。
二日酔いを理由に掃除も買い物も今日は放棄することにした優生は、昨夜の記憶を辿ることにした。

昨日も少ないながら残業を終えて会社を出た優生は、ターミナル駅で降りて繁華街のネオンを抜け、ゲイタウンの一角へと足を向けた。
毎週金曜日はいつも決まった店──Vespertine<ヴェスパタイン>で飲むことにしている。
客が少なければバーテンのシノブと言葉を交わすこともあるが、昨夜はそこそこに混んでいた。
いつもの席──おそらくはシノブが空けておいてくれるカウンターの一番端の席に座ると同時に、おしぼりと共に最初の一杯が紙製のコースターにのせられる。
そこまでは毎週の、いつもの景色。
常ならば最終電車の1時間前までシノブの作る酒を一人で楽しむのだが、昨日はいつもと違っていた。
隣に座って優生に話し掛ける男があった。

「サトシ、か・・・」

初対面なのに、驚くほど自然に打ち解けた不思議な相手。
久しぶりに楽しんで飲んだ酒は本当にうまかった。
なのに・・・楽しかった時間はつい昨日のことなのに、サトシの華やかで印象的な顔も優しげで柔らかい声も、もう思い出せない。
記憶の中の顔は雄の匂いを隠しもしないシャープで野性的な色男に、声は少し掠れて低いのに、どこか甘さを滲ませた声へと変わっていた。

バーのカウンターで席を並べて飲んでいたのは確かに初対面の男だったはず。
「・・・賢司」
どうしても、サトシとあの男が重なってしまう。
似て似つかぬ相手だというのに、何故か本橋賢司の名前と彼との思い出とも言えぬ時間が思い出され、無駄だとわかっていても優生は目を閉じて耳を塞ぐことで逃れようとした。


[*]前ページ [#]次ページ
[0]小説top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -