玉艶と第一皇女
※本誌193夜ネタ。すんごい捏造。




「煌帝国万歳!皇帝陛下万歳!」

 沸き上がる歓声。国民の期待に応える皇帝の背中を玉艶は細い笑みを溢して眺めていた。
 大黄牙帝国には及ばないものの、煌も東の大半を占める帝国となり、玉艶にとって満足のいく結果となった。後は抱いている末息子を利用するだけ……玉艶は叶いつつある己の野望に胸を膨らませていた。
 ちらりと視線を隣に滑らす。退屈そうに溜め息をつく娘が映った。

「どうしたのナマエ?」

 玉艶と瓜二つな彼女は目を細めた。眩しい、眠たいといったものではなく、何処か軽蔑しているように。

「非常につまらないです、母上」
「あら、どうして?これからは正式な皇女として貴女は生きるのよ?」
「興味ありません」

 ナマエはあまり身分というものに拘る性格ではなかった。彼女には兄が二人おり、位を継承する可能性は極めて低いのだ。彼女の気まぐれな性格はそこから来ているのかも知れない。
 玉艶は苦笑を漏らすと、今度は首を捻っている白龍に目を移した。

「白龍、貴方の父上は偉大な人なのですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。陛下ならきっと世界を一つに出来ます」
「世界を……一つに?」
「そうですよ。白龍もこの国を支えられるような、立派な皇子になって下さいね」
「……!はい!」

 演じている慈母の姿。素直に頷く息子。玉艶の中に罪悪感というものは存在していなかった。全ては己の"野望"の為に。
 長男、次男は既に玉艶の陰謀に気づいている。帝国を築き上げた今、上の息子達と皇帝の存在は彼女の邪魔でしかない。
 それに、濡れ羽の髪を掻き上げながら柳眉を寄せているナマエ。彼女が玉艶の陰謀に気づいているのか定かではないが、玉艶は彼女が生まれた時から利用することを決めていた。

(最初はナマエと白瑛、どちらでもいいと思っていたけれど……ナマエの方が魔力も多いようだし、この身体もそろそろ限界かも知れないわね)

 自分に抗える者などいないのだから。そう思案している玉艶を、ナマエは横目で眺めていた。


***


 露台からは人気がなくなった広場を見下ろすことが出来た。その高欄に腰を掛けている妹の姿を見つけた白雄は驚かせないよう声を掛けた。いつもの憂いを秘めたような眼差しを白雄に向け、彼女は高欄から下りた。それから軽く頭を下げて手を組む。
 「この国の為に」を盾に、玉艶が白龍を自分の駒にしようとしているのは明らかだった。ナマエが玉艶の行動を一通り報告すると、白雄は僅かに顔を曇らせた。

「……そうか」

 免冠の旒に隠れていないその鋭利な瞳からは容易に感情を読み取れた。
 母は己の「移し身」となる人物を探している。便宜上、顔のよく似た、それも女性の身体を欲しがっているはずだ。となればナマエか白瑛となるわけだが、年齢的に先に利用されるのはナマエであろう。白瑛は予備として生かしておくかもしれない。
 白龍を駒として扱うのであれば、組織と母の関わりを知った白雄と白蓮はお役御免となる。組織に足を踏み込んだ以上、暗殺されることは想定内だった。もう母とは呼べないその人物に。

 母にその人生を歪められた第一皇子と第一皇女。双方ともに焦りや悲哀の意を示さず、己の死を受け入れているような、静かな表情だった。

「兄上…?姉上…?」

 二人が同時に振り向いた先には、不安げに此方を覗く白瑛と白龍の姿があった。先程までの会話を聞いていたのかも知れない。ナマエはふっと笑みを溢して二人の肩を抱いた。

「……まだ幼い貴方達には重荷になるかも知れない。だけど、これだけは言わせて」

 不思議そうに此方を見上げる二人にナマエは胸が痛んだ。明日二人に会えるという保障はないのだ。一つ一つ丁寧に、ナマエは唇を動かして言葉を重ねた。

「もしこの国が誤った道に足を踏み入れたら、貴方達がこの国の道標となって正しい方向へと導いてあげて下さい」

普段あまり見せる事のないその笑顔は、酷く美しく悲しげなものだった。


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