世間からは望まれていない恋心だということを、白龍は理解していた。皇族たる者がこんな不貞を働いてはいけないのだと。それでも白龍は、その人物を一人の女性として愛していた。
柔らかな春の日差しの中で白龍は槍を振るっていた。それを受け止めるのは、白瑛の部下であり白龍の幼馴染み、青舜であった。 白龍もかなり鍛えられたが、彼の俊敏な槍は悉く青舜に受け流された。青舜に攻撃の流れを完全に読まれている。そう判断した白龍は一瞬槍を止めた。それに戸惑ったのか、青舜の双剣を握る力が緩まったように見えた。白龍はその隙に槍を素早く回転させ石突きを青舜の足元に振りかざした。青舜は不意討ちに対応出来ず、石突きをまともに食らい顔を歪めた。
「痛っ……ちょっと皇子!それは無しでしょう!」 「これも作戦だ」 「また偉そうに言って!当たる寸前で止めるとか出来ないんですか!」 「何だと!それが皇子に対する口の聞き方かこの無礼者!」
ぎゃんぎゃんと犬も食わぬ言い争いは日常茶飯事であった。大抵の人間は「嗚呼、いつもの喧嘩か」と気にも止めず己の仕事場へと足を運ぶのだが、一人だけ彼らを止める人物がいた。
「まあまあ、二人共落ち着いて」
仲裁に入った優しい声。それは白龍のもう一人の姉、ナマエのものであった。
「相変わらず仲が良いですね。いつも白龍の相手をしてくれてありがとうございます、青舜」 「い、いえそんな……って撫でないで下さいよ。私もうそんな子供じゃありません」 「あら、ごめんなさい。嫌でしたか?」 「そ、そういうわけでは……」
彼女は昔から面倒見が良かった。それは大方、今は亡き兄の影響だろうと白龍は推測していた。口ごもる青舜の頭を撫でるナマエの姿は、幼き白龍の頭を撫でる長兄の姿によく似ていた。
「さぁ、行きましょう白龍。もうすぐ昼餉の時間ですよ」 「……はい!」
白龍は青舜に別れを告げて、食事場に向かうナマエの後ろについていった。白龍は美しい黒髪が流れるその背中を見てふと思い出した。
(……いつだっただろうか、姉上に恋心を抱くようになったのは)
簡単に言えば近親相姦だった。顔のよく似た姉に恋心を抱くというのはかなり稀なことかも知れないが、白龍はナマエの顔ではなく、性格に惚れてしまったのだ。 昔から白龍はナマエに憧れていた。誰よりも優しい、その姿に。兄を亡くしても尚、強く生き続けたその姿に。
「あの、姉上」 「ん?なあに?」 「もし俺が……貴女のことを好きだと言ったら、どうしますか?」
その言葉を理解するのに少し時間が掛かったのか、ナマエは暫く首を傾げていた。やがてふわりと、蕾が綻ぶような笑顔を向けた。
「とても嬉しいです。私も、白龍のことが好きですから」 「……!それは……」
それは兄弟としてなのか。そう尋ねる前に、白龍はナマエに抱き締められていた。
「……あ……姉上……」
気づけば彼女の顔は白龍の目睫の間にあった。白龍は柔らかな彼女の唇が、己の唇と重なっているのを感じた。それから口を離して、
「さぁ、早く行かないと白瑛姉上に心配されますよ」
そう悪戯に笑った。
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