第1話

一陣の涼しげな風が吹き抜けた。木々の葉はそよりと揺れ、木漏れ日もそれに連れゆらりと揺れる。秋は目を閉じ、それを体全体で感じながら微睡んでいた。これから本格的に優雅なお昼寝といこうか…。なんて考えていた矢先。

「秋殿!いるんでしょう!さっさと降りてきてください!」

眠りを妨げるその煩わしい声をを無視して、秋はごろんと寝返りをうった。彼女がいるのは木の上だ。木の上で寝返りをうつだなんて何て器用なのだろうか。

それを見上げながら白龍は呆れた、と言わんばかりに溜め息を漏らし、再び声を上げる。

「ったく…。兄上が呼んでいるんです。早く行かないとお説教食らいますよ」

「お呼びですか皇子」

お説教という単語を聞いた瞬間、秋は態度を改めて木から飛び降りてきた。その身体能力に、側を通りかかった侍女は目を丸くしていた。

「で、呼んでるのはどっちのお兄さんですか?」

「馬鹿じゃないほうです」

「そっか…ていうか自分の兄を馬鹿扱いしちゃうんですね皇子」

馬鹿じゃないほう、ということは長兄のほうだ。決して次兄が馬鹿というわけではない。長兄があまりにも優れているからそう見えるだけだ…と秋は勝手にそう思っている。白龍が次兄を馬鹿呼ばわりするのも、次兄自身が所謂弄られキャラであり、その軽い性格故だろう。

「…で、白雄皇子は何処に?」

「さあ…?多分自室じゃないでしょうかね」

「了解です。ありがとうございます」

秋はお礼を言い終わるか否かという所で、颯爽と走り去ってしまった。

廊下は走っちゃ駄目ですよーと白龍が声を掛けた瞬間、彼女は他の侍女とぶつかりそうになった。ところが彼女はその侍女をひらりと飛び越し、スピードを緩めることなく走っていった。その軽やかな身のこなしに白龍は感心しながらも、「もっと別のことに使えばいいのに」と苦笑した。


「ご指名ありがとうございまーす!!」

彼女の威勢の良い声に、白雄は驚きのあまり硬直していた。が、すぐに白雄は元の表情に戻り、ビシッと額に手を水平になるように当て敬礼をする秋を見て苦笑した。

「…それは何処の国の礼儀だ?」

その笑顔は何処か白龍に似ていた。…いや、白龍が白雄に似たのか。

「え、あ、すみません。つい。…なんだろこの姿勢…」

すぐに秋は手を組み、煌式の敬礼をとった。白雄はそれを見て何処かしら楽しそうに頷き、口を開く。

「大分お前もこの国に慣れたようだな。まさか扉をこんなに乱雑に開けられるようになるなんて、思ってもなかった」

「そりゃ3年も居れば慣れますよ」

「…そうだったな」

もうあの日から、3年か。しみじみと白雄が感じていると、秋が話を切り出した。

「で、白雄皇子。御用というのは?」

「ああ、そうだったな。すまないが、この書類を片付けてくれないか」

どさり、と音を立てて、白雄は秋の手に書類を置いた。そのあまりの多さに秋は呆然と立ち尽くし、微かな希望を求めるかのように白雄を見上げた。

「…ご冗談、ですよね?」

「いや、本気だが」

「私が書類纏めるの苦手だって知っているでしょう!」

そもそも貴方の従者であって、女官ではないです。秋は手に持たされている書類を白雄に返そうと差し出すが、白雄もそれをぐっと押し返す。暫く力の押し比べをしていたが、とうとう秋が折れた。

「わかりました。わかりましたよぅ。やりゃあいいんでしょやりゃあ」

「別に一人でやれとは言ってない。誰か巻き込んでもいいぞ」

巻き込むってそんな竜巻みたいな言い方しなくても…。と秋はむっとしたが、ふと頭に名案が浮かんだ。

「わかりました!では行ってきます!」

軽い足取りで部屋を出ていく彼女を見て、白雄は首を傾げた。何か余計なことを言ってしまっただろうか。えらく楽しそう…いや、悪戯を仕掛けようとしている子供のような秋の笑みは、白雄の不安を煽り立てた。

数秒後、部屋の外から次男坊白蓮の叫び声が聞こえ、白雄は全てを悟った。




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