第22話

 道路は綺麗に整備されており、飲み水も町中を通っている。すれ違う人々は皆幸せそうな笑みを浮かべ、何処と無くシンドリアを思い出させた。

「綺麗な町ですね、白雄皇子」

 目に入る新鮮な景色に秋は正直な感想を述べた。洗練された白い建物が並び、それらには弓形の構造が取り入れられている。西洋レームならではの光景だ。
 秋と白雄は煌の代表としてレームに来ていた。本来であれば外務は外交官か特命全権大使である秋が赴けば良いのだが、レームは皇太子である白雄を寄越して欲しいと言ってきたのだ。恐らく国と国との大切な話があるのだろう。
 現在、煌とレームの関係はあまり良くない。下手な態度を取れば戦争になるかも知れないといった重荷を背負わされたわけだが、秋は楽観的にそれを捉えていた。どうせ話し合いはレームの最高司祭と白雄だけでするだろう。その間、自分はのんびり観光でもしようか……そう考えていたのだ。
 楽観的な秋とは裏腹に、白雄はやや険しい眼差しで足を運んでいた。

「……綺麗なのは見かけだけかも知れんがな」

 目線の先を辿ると、そこには特徴的な円形の建物が聳えていた。
 闘技場。これもレームを代表する文化の一つだ。剣闘士が剣一本で猛獣を倒す試合を観戦する娯楽。主に上級貴族に好まれている。剣闘士と言ってもその大半は奴隷で、負ければ死あるのみといった運命を背負わされている。人が殺される所を見て楽しむのも如何なものかと思うが、それがレームの繁栄の柱の一つとなっているのは事実だ。
 レームでは奴隷がよく見られる。国民の安全を保証しているのに奴隷といった存在があるのは矛盾を感じたが、国の発展には仕方のないことなのかも知れない。煌にも奴隷はいないのかと聞かれれば首を縦に振れない状況にある。
 奴隷あっての文明。それを否定出来ない現実にあることを秋は歯痒く思った。
 それから暫く白雄について歩くと、神殿らしき場所へ辿り着いた。剥き出しの白い柱が数本並び、重圧な雰囲気を感じられる。入り口付近で控えていた部下らしき男性に案内され、向かい合った椅子が置かれているだけの簡素な部屋に通された。
 
「わざわざ足を運ばせてごめんなさいね。白雄皇太子、秋皇太子妃」

 静かな部屋に落ち着いた少女の声が響く。声の主は最高司祭と呼ばれる少女であった。たっぷりとした金髪を緩く三つ編みにして悠然と椅子に座っている彼女からは神々しさが溢れだしている。
 最高司祭シェヘラザードという名は聞いていたが、まさかこんな少女であったとは。秋は内心驚いたが、顔に出しては失礼だろうと表情は至って冷静であるように努めた。
 「座って」とシェヘラザードは秋達を促し、憂いを秘めた瞳で此方を見詰めた。

「……どうしても、三人だけで話したいことがあるの。大体は予想がつくでしょうけど……」
「戦争の話、だろう?」

 言葉の先を予測して白雄はすぱんと話の切り口を切った。白雄にしては珍しく突き放すような態度だ。マギ相手に少々無礼ではないかと秋は思ったが、シェヘラザードは特に意に介さず、瞼を下ろしてこくりと頷いた。

「ええ。でも私は、貴方達の国と戦うつもりはない。少し力を貸して欲しいだけ。……火薬兵器の技術を教えて欲しいの」

 煌に古くから存在する火薬。凄まじい威力を持つ兵器だが、煌ではあまり流通していなかった。魔法道具や金属器、眷属器に頼っているからである。
 レームの民は魔法道具を好まないと以前なにかの資料で読んだことがある。己を信じ、己の足で進んでいく。それがレームの考え方だった。

「軍事機密を漏らすのはそう簡単なことではないが……何の目的に使うんだ?」
「……」

 暫しの間、静寂に包まれた。やがてシェヘラザードは吐息に乗せて言葉を紡ぐ。

「マグノシュタットとの戦争に使うの。あそこは魔導士の国。普通の武器では歯が立たないわ」

「……何故、マグノシュタットと戦争を?」

 気付けば秋はとんでもないことを口走っていた。部外者である煌の人間が簡単に首を突っ込んでいいことではないが、向こうは何も話さずに此方だけぺらぺらと軍事機密を漏らすのは気に食わない。普段なら余計なことを言うなと秋の背中を小突くであろう白雄も今回は黙っていた。
 シェヘラザードは深緑の双眸を伏せ、その表情には翳りが見えた。

「……前々から考えていたことではあるの。でも引き金となったのは……私の息子を、マグノシュタットが奪ったから」

 息子。シェヘラザードの身体からして彼女の腹から生まれた子供を指しているのではないことがわかる。マギといった特別な存在であるため普通の人間の秩序は通らないのかも知れないが、今のシェヘラザードの言葉から真意を読み取ることは出来なかった。
 先ほどのやや弱い眼差しから一変、今度は意志の強いしっかりとした視線が向けられた。

「少し強引な方法ではあるけれど、私はマグノシュタットの民を救ってあげたいと思っているの。彼らは魔法に依存しすぎて自立する力を失っている。自らの手で道を切り開くことを教えなければならないわ」

 国の頂点に立つものとして、世界を見詰めるマギとして。彼女の言葉はどちらとも取れるようなものだった。
 その後白雄はレームに火薬の作り方を伝えることを約束し、数時間に渡る鼎談が終わった。
 秋らはレームに約二週間滞在して帰国する。それまで自由に過ごして良いそうだ。秋は用意された豪勢な宿泊施設で思い切り伸びをして固まった体を解したのち、ふと白雄に尋ねた。

「白雄皇子。レームも煌も同じように世界統一を目指しているのでしょうか」
「まあな。何れはレームとも刃を交えることになるだろう。それがどうしたんだ?」
「……いえ。少し気になったことがあって」

 それから先は口にしなかった。これを言えば煌を否定することになってしまう。白雄は特に気にしなかったようで、その先を尋ねることなく窓から見える景色に目を移した。
 世界が動き始めている。シェヘラザードの言葉には、そういった伏線が張られているような気がした。



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