第19話

じりじりと照りつける太陽の元で、着重ねをした重い煌の衣装に身を包む。それは秋にとってかなり酷だった。一刻も早くこの不安定な甲板から逃れて地面に足を着けたい。鬱陶しいこの衣装を脱ぎ捨てて動きやすい従者服に戻りたい……。そう願うばかりだったが、いくら強く望んでも船は一定の速度で進むだけだった。

秋は隣で欠伸をしている男を恨みを込めて睨んだ。なんでこんなに涼しそうな格好してんだコイツは。どこに当てればいいのかわからない苛立ちを秋はその男に皮肉としてぶつけた。

「神官殿、船室に戻らなくて大丈夫なんですか?自慢のお肌が焼けてしまうのでは?」

するとその男ジュダルは、にやりと口元に笑みを浮かべた。

「残念だったな。俺の防壁魔法は余分な紫外線もカット出来るんだぜ。そもそも俺自身、日焼けするタイプじゃねーしな」

ああ、皮膚が赤くなるタイプですねわかります。秋は皮肉が効かなかったことに内心舌打ちを打ったが、そこは彼女も大人の女、その気持ちを静めようと海水を使って曲芸を始めた。

水面がまるで生き物のようにうねうねと動き、時には円を描き、時には生き物を象ったりした。単純に少量の魔力を海に送り出し水に命令式を与えているだけのものではあったが、それに興味を示したジュダルは大人しく海を眺めていた。

「……お前本当に何でも出来るな。それに強いし。最強なんじゃねえの?」
「いやいや、そんなことないですよ。私が出来るのは魔法まがいの曲芸ですから」

実際秋は、無から有を作り出すことは出来ない。既に存在するものを操るだけに過ぎなかった。それが金属器の力や魔導士との違いだ。その為、光や力といった目に見えない自然の原理を働かせることは出来ない。

シンドリアにいた時にも秋はヤムライハにどうしてそんな体質なのかと散々尋ねられたが、それは本人にもわからないのだ。寧ろ私が知りたい、と秋は溜め息を溢した。

マギであるジュダルに聞いても、「なんかお前のルフだけ変」と返ってくる答えは曖昧なものだった。両親や生まれ育った環境に何か関係があるのかも知れないが、秋は三年前に記憶を失っており、それを知る由もないのだ。

秋が黙って右手を上げると、鯆を象った小さな水塊が水面を駆けた。

「あー……早く煌に帰りたい……」
「なんだ、シンドリアでの生活が不満だったのか?そりゃバカ殿が作った国よりも俺の煌帝国のが住みやすいだろうけど」
「シンドリアが不満ってわけじゃないんです……けど」

秋はその先を言い掛けて、口を閉じた。ジュダルも何となく察したようで、その先の言葉を待つことなく頭の後ろで腕を組んだ。

秋が煌の地に足を着けたのは、それから数時間後のことであった。



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