第18話

シンドリアの酒宴。文献で読んだことはあったが、経験するのは初めてだった。シンドバッドと同じ場に立ち、秋は八人将とも接することが出来た。その会話の内容も気楽なもので、ヒナホホの子供達に「新しいお母さんになって欲しい」とせがまれたり、剣術に興味はないかとシャルルカンに勧誘されたりした。

特にピスティとヤムライハは、同じ女性ということもあり以前から仲が良かった。宴も盛り上がってきた頃、向かい合って酒を酌み交わしているピスティがふいに話を切り出した。

「しっかし凄いね秋!あのお堅そ〜な皇太子様をゲットするなんて!どんな手使ったの?」

「さあね〜」

「またまた〜惚けちゃってぇ。まあ元々秋は性格良いし気が利くもんね。私が男だったら絶対惚れてるもん」

ぷは、とピスティが酒を飲み干し息をついた時、ヤムライハが急に立ち上がった。

「それより貴女の体を隅々まで知りたいわ!教えてくれない?秋」

「…厭らしい言い方するね、ヤム。他の人が聞いたら勘違いしちゃうよ」

魔導師とファナリス。その中間地点に立つ秋の体質を以前からヤムライハは知りたがっていた。それをわかってはいたが、ピスティの言う通り先程のヤムライハの発言は誤解を生みそうなものだった。生憎秋にそのような趣味はない。

周りにいた数人の国民がぎょっとしているのに気付いていないヤムライハは興奮しながら続けた。

「普通の人間の場合魔力と力は反比例しているのに、秋は比例しているのよ!その原理を探ることが出来れば王や八人将は更なる力を得ることが出来るし、上手くいけばシンドリアの発展に繋がるはず!素晴らしいわ!」

「ヤム、落ち着いて」

「はは…」

下手したらこの人に体を八つ裂きにされるかもしれない。秋は乾いた笑い声を上げた。国の発展は犠牲によって成り立っている…白雄がそんなことを言っていたのを思い出した。

「おーい秋」

空から降ってきた声に、秋は露骨に顔を顰めた。

「……神官殿、言ってるじゃないですか。迷宮を攻略する気はないと……」

「違う違う、それとは別の用事。一応煌のほうにもお前が無事だっつーこと報告しなきゃなんねえだろ。着いてこい」

「報告ってどうやっ…て待ってくださいよ神官殿!!」

すっと音もなく宙に浮かび、お前も浮けと言わんばかりに手招きをして闇に紛れるジュダル。秋は隣で目を輝かせているヤムライハを見て少々躊躇っていたが、仕方ないかと片足で軽く地面を蹴って宙に立った。ヤムライハの歓声が下から聞こえる。

全身真っ黒なジュダルを見失わないように注意しながら秋は尋ねた。

「何処へ行くんですか?」

「海辺。煌のことをシンドバッドに知られたら色々まずいだろ」

「……意外とその辺は配慮してるんですね」

「力任せでこの国ぶっ潰してもいいんだけど。んなことしたら白雄にすっげえ怒られるだろ?」

本来ジュダルは誰にも支配されない特別な立場にいる。敢えて白雄に従おうとするのは、幼少期から白雄に弟として可愛がられ厳しく仕付けをされてきた故のものだろうか。

「よし、この辺でいいか」

砂浜に着地してそのまま豪快に腰を下ろす。その隣に秋も座った

「で、どうするんですか?」

「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、この前シンドリアの魔導士からちょっと拝借したんだ」

ジュダルが手にしていたのは、ヤムライハのオリジナル魔法道具ルフの瞳…によく似たものだった。以前シンドリアに来た時にルフの瞳を拝借し、自分で試作品を作ってみたと言う。簡単に言えば「ちょっとパチってパクってきた」ということだ。

「これって確かお互いの様子と音声が送れるって代物ですよね。本当に映るんですか?」

「まあ見てなって…おーい白雄ー。聞こえるかー?」

中央に嵌められている宝石の表面がゆらりと揺れたかと思うと、そこに見慣れた影が映った。

「白雄皇子?」

『…秋か?』

『ちょ、兄上俺にも見せてくださいよ!』

割って入ってきたのは勿論白蓮。見たことのない道具に目を輝かせているのがこちらでもわかった。相変わらずの兄弟だなとジュダルは頭を掻きつつ報告する。

「あー…取り敢えず秋は無事保護。3日後くらいには帰るつもりだ」

『そうか。……シンドバッドは女好きだと聞く。もし秋にまで手を出したら…ジュダル、お前の独断でいい』

「おいーす」

「大事に想ってくれてるのは非常に有難いのですがそれって戦争起こしてもいいってことですよね…」

『それほど兄上は秋のことを愛してるってこと。いいよな大切にされて!』

『ともかく体には気を付けるように。じゃあな』

ぷつりと通信を切った。シンドバッドは煌の訪問者を次々と味方につけている。紅玉、それに白龍まで。本人は自覚していなくとも、いつの間にかシンドリアに協力するよう約束をさせられている。このまま秋まで言いくるめられてしまえば、それこそ戦争に発展してしまう。

(シンドバッド…お前は一体何を考えている?)

白雄がそう問い掛けても、宝石はただきらりと輝くだけだった。



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