「…何故貴女が此処に?」
「観光ですかね。大使序でに」
皇太子妃になっても尚お気楽な性格は変わっておらず、ジャーファルは呆れに近い感情を抱いた。いきなり煌の船が港に来て何事かと思えば、秋が使節兼留学生としてやって来たと言う。
「使節であれば貴女でなくとも紅玉姫や白龍君でも良かったのでは?」
「本当に煌がシンドリアのことを信用してるんですよーってことで皇太子妃を寄越したんじゃないですかね?私が単に来たかったというのもありますが」
四季のある煌で暮らしている秋からして見ればシンドリアのような常夏の島は暑苦しくて過ごしにくいが、それ以上に秋はシンドリアという国自体が好きだった。こんな自由奔放で楽しい国他にないんじゃないかと思う。
付き添いの兵士達に何かを告げると、秋はにこりと笑みを向けた。
「私、町を少し観光して行きたいますね」
「ならば私が案内しましょうか?一応政務官ですし、国のことはシンよりも知っているつもりなので」
「はい、お願いします!」
八人将ジャーファルが煌帝国の皇太子妃と共に町を歩いているのはかなり人目を引いた。仕事漬けの日々を送っているジャーファルが女性と歩くだなんてまさか…とあらぬ噂が囁かれていたが、二人共そんなことは知らずに中央市に向かった。
秋の目は鮮やかな色をした果実と珍しい織物に釘付けになっており、ジャーファルはそれらの一つ一つを詳しく説明していた。秋が一つ果実を買えば男店主が「お客さんは美人だから」と言っておまけをくれたし、織物を買おうとすれば値切ってもいないのに値段を半額にしてくれた。二つとも秋が皇太子妃だからということでは無さそうで、改めてシンドリア民は良い人ばかりだなと感じた。
降り注ぐ厳しい日差しに汗を拭いながら秋は王宮を見上げた。
「宿泊施設までしっかり完備されているんですね」
「シンドリアは島国ですから、外国との交流は欠かせないんです」
「ってことはジャーファルさんもお仕事大変なんですよね。わざわざお付き合いありがとうございました」
「いえ、私も秋さんと回れてとても楽しかったです」
王宮の中の一室に案内され、扉を開ければそこには紛れもなくこの国の王、シンドバッドがいた。シンドバッドは秋の姿を見るとすぐさまペンの動きを止め、嬉しそうに立ち上がった。仕事から抜け出す口実が見つかって喜んでいるのが丸わかりだ。
「ようこそシンドリアへ、皇太子妃殿下!」
「お久しぶりです、シンドバッド王……なんだか凄い違和感があります。その呼ばれ方」
「まあそのうち慣れるだろう。しかし凄いな、あの真面目な皇太子殿を落とすなんて」
「ああ見えて案外不器用ですからね、白雄皇子は」
楽しそうに夫のことを話す秋を見て、こういう素直な所が皇太子殿に受けたんだろうなぁとシンドバッドは苦笑を漏らした。それからシンドバッドはバルコニーに彼女を招き、柵に手を掛けて景色を眺めた。長い紫色の髪が靡く。
秋もその隣に立ってシンドバッドと同じように視線を向ければ、シンドリアの町並みが一望出来た。
「…シンドバッド王。一つ告白せねばならないことがあるんです」
「なんだい?」
聞かなくとも、大体予想は出来ていた。友好条約は形だけのものであっていつかは破られる。煌の最終的な目的が世界統一なのだから尚更だ。そうなれば当然、この国にも手を出してくるだろう。
そんな状況の中で皇太子妃自らが赴くと言うことは、やはり宣戦布告か。
「…私は…」
「秋ー!!迎えに来たぜー!!」
秋の言葉は上空からの威勢の良い声に掻き消された。空を見上げた秋の頬にたらりと汗が伝う。
「神官殿!?」
「ジュダル!?」
予想外の来客にシンドバッドも声を上げる。ジュダルは素早くバルコニーに降り立つと、にやりと口元を歪めた。
「さ、煌帝国に戻ろうぜ。迷宮建ててやるからぱっぱと攻略しろよ?」
「でーすーかーら!迷宮攻略者になるつもりはないんです!そもそも私に王の器などあるわけが…」
「いーや、お前には十分王としての素質がある。お前が王になったら煌帝国は益々繁栄するぜ!」
「煌の繁栄には協力したい所ですが嫌なもんは嫌なんです!」
話についていけてないシンドバッドはただ黙って二人の会話を聞いていた。成る程、秋が直々にこの国に来たのは…。
「ジュダルから逃れる為に此処に来たのか?」
「え?…あ、はい!シンドリアへの使節を送る話を聞いて、ジュダルから逃れるにはちょうど良いか、と」
「そういうことか…」
宣戦布告は杞憂に過ぎなかった。シンドバッドは安堵の息をつくと、皇太子殿は秋が居なくて大丈夫だろうか、と心の中で呟きながら仕事場へと向かった。
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