第16話

「ではお願いします皇女!」

「いくわよぉ…」

瑰麗な全身魔装を纏い、宙に浮いたまま紅玉は金属器を地面に向けた。それを期待を込めた目で見詰める秋。何が始まるのかと見上げる兄弟達。
ヴァイネル・アルサーロス
「水神散弾槍!!」

紅玉の周りに巨大な氷柱が現れ、それが勢い良く地面に向けて放たれた。原理的には空気中の僅かな水分を集めて魔力を使い、凍らせていく…とかなんとかだろうが、今はそれを気にする必要は無い。

「…やっぱり足とか手で砕いちゃ駄目ですかね」

「駄目よぉ!不衛生じゃない!」

「ちゃんと綺麗に洗ってはいるんですけどね…」

「いいから早くしなさいよぉ!氷が落ちちゃうわぁ!」

「了解でーす」

秋は薙刀を手に取った。普段は武器など使わないが、少しくらいならいけるだろう。

「紅明皇子も準備しといてくださいね!」

「はいはい、わかってますよ」

いつの間にか、紅明も秋の隣に立っていた。秋は薙刀を片手に片足で地面を蹴り、落ちてくる氷柱に向かっていった。薙刀は青龍偃月刀よりも振りやすい。短時間で複雑な動きをすることも可能だ。素早く薙刀を振りかざし、氷を小さく砕いた。粒がきらきらと宙を舞う。

「紅明皇子!」
ダンテアルタイス
「七星転送方陣」

扇を武器化魔装させ、手の甲に八芒星を浮かばせた紅明が、円を描くように左手を動かした。光で出来た枠が6つ宙に浮かぶ。散り散りになった氷の欠片が枠の中に入り、姿を消した。全ての削り氷が枠に入り消えたのを確認すると、紅明はもう一つ大きな光の枠を宙に浮かべた。

秋が大きめの受け皿をその枠の下に持って行くと、その枠の中からさらさらと削り氷が出てきた。

「名付けて!煌帝国夏のかき氷大作戦!」

いつの間にか集まっていた見物客が、わっと歓声を上げる。

なんという魔力と才能の無駄遣いだろうか。自国の皇女と皇子までもそれに巻き込む己の従者を、白雄は呆れた目で見ていた。隣に立っている白蓮は興味津々にそれを見ていたが。

「白雄皇子!これシンドリアの酒宴に匹敵しませんかね!?」

「…いや無理だろ」

「それより早く食おうぜかき氷!俺練乳がいい!」

「わかりました!他にも沢山の味を用意してますんで、皆さんご自由にどうぞ!」



「全く、お前というやつは…」

すっかり夕暮れになり、隅には皿が積み重ねられていた。中庭にいるのは皇族とその従者だけだ。涼風がすっと吹き抜ける。

「凄かったでしょう?皆さんに涼んでもらいたくて紅玉姫と考えたんです」

「この前の雪といい…お前には毎回驚かされる。薙刀も出来たんだな」

「はい。嗜み程度に少し」

あれだけ巨大な氷柱をかき氷にするほど細かく砕けるのであれば、薙刀だけでも食っていけるような気がするが…。白雄は自分がいかに強い従者を持っているのかを改めて感じた。

「…白雄殿、少しよろしいでしょうか」

「紅炎か。別に構わない」

空気の読める女である秋は、白雄と紅炎に一礼すると二人から離れた。それから青舜や純々らに声を掛けられ、秋も従者の話の輪に加わった。

「早く秋と結婚して下さい」

「…」

何を言い出すかと思えばこれか。白雄は額を片手で押さえた。

「そうだよぉ、早く結婚してもらわなきゃ殺し合いが起きちゃうんだからぁ」

「そうなれば宮中の情勢は崩れ、側室達に密かに想いを寄せていた男性、もしくは側室の子供達が反発、そして内乱。煌は纏まりを失い滅びるでしょう」

紅覇と紅明も白雄の隣に立ち、白雄は紅兄弟に挟まれる形になった。側室が原因で煌が滅びてたまるか。後の時代にそのような歴史が残されてしまったら、人々に「馬鹿かこの国は」と嘲笑されるに決まっている。

「秋もきっと待ってるよぉ?」

ちらりと紅覇は秋達の様子を眺めた。楽しそうに青舜と笑い合い、純々らに尊敬の意を込めた目で見詰められている。

「そうですよ。でないと俺が言いますよ。白雄殿がお前と結婚したいと言っていた、と」

「それだけはやめてくれ決まりが悪い」

「ならば今すぐにでも言ってきて下さい。私達も後ろで見守っていますから」

「い、今からか!?」

「純々達もこっちに呼んどくからさぁ…おーい純々、麗々、仁々!あと青舜も!こっちおいで!」

主の声を瞬時に聞き取り、紅覇の優秀な従者らはすぐさま駆けつけた。紅覇とは身長が同じという接点くらいしか思いつかない青舜は、首を傾げながらも呼ばれたからにはと足を運んだ。これで残されたのは秋だけである。

無言で従兄弟達に背中を押され、白雄は躊躇いながらも秋の元に向かった。こうなれば後戻りは出来まい。後ろでは紅覇が呼びつけた従者達にこれから何が起こるかを説明していた。頑張れ、超頑張れという視線が背中に突き刺さる。

「…秋」

「はい。何でしょう」

向き合ったことなんて何度もあるのに、何故か気恥ずかしい。言葉が出てこない。紅炎に事情を聞いた白蓮は兄の後ろで、兄上もあんなに躊躇うことがあるんだなーとにやにやしていた。

「…っ…」

「…皇子?」

気付けば咫尺の間に、白雄の前髪が見えて。何が起きたのか一瞬わからなくなる。温かいものが自分の唇に触れているとわかった瞬間、秋は現状を理解した。

唇を離して、ゆっくりと白雄は言葉を紡ぐ。

「……好きだ、秋。結婚してくれ」

突然のことに秋は目を見開いていたが、暫くするとゆるりと表情を緩めた。

「…はい!」

周りから歓声と祝福の声が上がった。同時に、空に明るい花が咲いた。ジュダルがすたっと秋と白雄の前に降り立つ。

「すげぇだろ?爆竹を改良したもんなんだ。他の国では『花火』って呼ばれてるらしい。本来は人間の手でやってるらしいんだけど、そんな技術俺にはねぇから魔法でやった」

ジュダルが杖を掲げれば、空に花火が上がる。咲き誇る花は、夜空を明るく照らす。二人は顔を見合わせて微笑んだ。

夏は、終わりに近づいてきた。



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