第15話

白雄は呆然とその場に立ち尽くした。部屋に踏み入た足を引っ込め、外の壁に凭れ掛かる。口元を片手で覆いなんとか冷静になろうとした。

この部屋は秋の部屋の筈だ。昨日の夜まで秋が寝台にいたではないか。もうすぐ治りそうです、と微笑みを浮かべていた記憶がある。深呼吸をし、再び白雄は部屋に入った。


しかしそこには、やはり見慣れぬ光景があった。


「ここここ紅炎!!頼む来てくれ!!」

常に冷静沈着な従兄がかなり焦って自室に来た。ただ事ではないと察した紅炎は、急いで白雄の後に付いて行った。秋の部屋の前で、白雄は「中に入ってみろ」と紅炎を促す。言われるままに紅炎は扉を開け、中の様子を一目見た後、無言で扉を閉じた。

「…」

「…」

長男二人は顔を見合せ黙りこんだ。やはり見間違いではないようだ。白雄はもう一度扉を開いた。

寝台には、やはり女児がいた。

近づいて見ると、その女児は秋によく似ていた。3歳くらいだろうか。愛らしいその顔で、きょとんと秋白雄らを見詰めていた。

「…秋の隠し子、ですかね」

「なっ!?」

「冗談ですよ。よく見て下さい」

紅炎が冗談を言う時はいつも無表情だ。悪意しか感じられない。従弟の指差した先を見ると、秋が昨日着ていた着物を女児が着ていた。女児にとって成人女性である秋の着物はぶかぶかだった。

「ジュダルの魔法か何かで秋が小さくなったんじゃないですかね」

「…あり得るな」

悪戯か何かで魔法をかけられたというのはあるかもしれない。女児は七姐誕の際に白雄が秋に渡した髪飾りをつけている。秋が他人の子に渡したとも考えにくい。というか考えたくない。

その時、女児がくいっと白雄の服の裾を引っ張った。

「白雄皇子!」



秋は懸命に白雄の名を呼んだ。幼子の体のせいで、どうしてもあどけない声しか出せない。

(あーもどかしい!何で意識は普通のままで外見だけ小さくなっちゃったんだ!)

紅炎の言う通り、犯人はジュダルである。もうすぐ治ると思い寝ている隙に魔法をかけられたのだ。単なる悪戯だろうが、甚だ迷惑だ。

「…秋か?」

「そうです!私です!お願いですもとに戻してください!」

「お願い、と言われてもな…」

「犯人はジュダルです!あいつを捕まえてください!」

白雄に縋り付くという秋の行動は、幼子故にだろうか。紅炎は空気が読める…というより、悪戯好きな男だ。暫く秋と白雄を二人きりにさせてやろうと、「俺がジュダルを捕まえてくる」と言い残し部屋を出て行った。

何となく気まずい空気になる。

取り敢えずぶかぶかな服のままでは可哀想だろうと、白雄は昔白瑛が着ていた服を持ってきて秋に着させた。

長男である白雄は今まで弟妹の面倒を見てきた。白雄自身面倒見がいいし、何より子供が好きだ。この手で秋を抱き上げたいという衝動を何とか抑える。

そんなことしたら「何すんですかこの幼女好きが!」と叫ばれ、翌日から「幼女好き」というレッテルが貼られるだろう。それからというもの、夜伽相手は年端もいかぬ少女に…というのは流石に無いだろうが、勘違いされるのだけは避けたい。

「…あの」

徐に、秋は口を開いた。その瞳はまるで幼い頃の白瑛のように好奇心で輝いていた。

「せっかくなので皇子のこと、『雄兄』って呼んでみてもいいですか?」

想定外の秋の申し出に、白雄は目を丸くした。何故秋はそんなことを言うのだろうか。…まあ理由はともかく、秋に兄と呼ばれるのは嫌ではない。

「…ああ。好きにしろ」

「…!ゆーにぃ!」

思いっきり秋に抱きつかれた白雄は、その勢いで後ろに倒れそうになった。が、何とか持ちこたえる。

「ふふっ。私兄弟いないんで…こうするの、初めてなんです」

外見と共に、性格も一時的に幼くなっているのだろうか。そう感じられるほど、秋は行動があどけなかった。嬉しそうに白雄の胸に顔を埋める秋は、まるで本当の妹のようだった。最初は驚いていたが、次第に白雄も優しい兄のような表情を浮かべて秋の頭を撫でた。

「…もしお前に娘が出来たら、きっと今のお前にそっくりなんだろうな」

「娘?私は誰かと結婚する気なんてないですよ?一生皇子の従者として生きていくんですから」

「…それは無理かもしれんな」

えっ、と秋は顔を上げたが、白雄は何も答えなかった。秋に子供が生まれた時、自分は秋の隣に立っているのだろうか。そんな思いを巡らせていた。

「白雄殿。ジュダルを捕まえてきました」

扉が開き、紅炎が相変わらずの無表情で入ってきた。その右手はジュダルの後ろ襟を掴んでいる。

「離せよ紅炎〜。すぐに解くからよ〜」

「ならばすぐに解け。お前と話がしたい」

「ふーん、俺と話したいなんて紅炎にしては珍しいな。ほらよっと」

赤い石が嵌め込まれた杖を秋に向けて軽く振り、「行こうぜ」とジュダルは紅炎を連れて部屋を出て行った。

秋は元の体に戻った…が。

体が急に大きくなった為幼児用の服は破れ、その姿で白雄の膝の上に座っていたのだ。何も纏っていない秋の体は外気に触れて少し肌寒かったが、秋の顔は一気にに赤みを増した。白雄の頬も徐々に赤く染まっていく。

「うわああああああああ!?」

重なった二人の叫び声は、宮殿内に大きく響いた。



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