第14話

秋は重い瞼を開いた。天井が見える。どうやら寝台に寝かされているようだ。額には冷水を含んだ布が置かれていた。

首をゆっくり右に動かすと、そこには白雄が寝台の近くの椅子に座っていた。微かな秋の物音に気付いたのか、書物から目を離して秋に視線を移す。

「起きたか」

秋は暫くぼーっと白雄を見つめていた。が、瞬時に上半身を起こした。

「…おおお皇子!?何やってんですか!?駄目ですよ私の近くにいちゃ!!」

「それだけ叫べるのであれば大丈夫そうだな」

「大丈夫そうだなじゃないですよ!!ともかく離れてください!!」

秋がぐっと白雄の胸板を押すが、白雄はびくともしなかった。もとから白雄の力が強い上に、秋自身熱で体が弱っているのだ。秋は内心で舌打ちをした。すると秋は白雄に両肩を押され、強制的に上半身を寝台に寝かされた。

「ちょっ、皇子…」

「いくら元気だからとはいえ、無茶をするのは良くない。寝ろ」

負けるものかと秋は抵抗した。熱で弱っているといえど、白蓮に「ファナリスか」と呆れられた程の素早さはある。すっと寝台から抜け出すと、白雄の背後に立った。

「皇子がこの部屋から出て行ってくれるまで寝ませんからね!」

「お前っ…」

白雄が立ち上がって振り返った時には既に秋の姿はなく、秋は反対側の壁に立っていた。白雄は小さく舌打ちをすると、入り口へと足を向けた。

「………好きにしろ」

低くてあからさまに怒気を孕んだその声に、秋はびくりと肩を跳ねさせる。…怒らせてしまった、か?

硬直している秋を見て、にやりと白雄は笑った。素早く秋に近づき、片手で秋の両手を彼女の頭の上に固定する。突然のことに秋は反応出来ず、抵抗はしなかった。

「…皇子!?」

背後には壁。目の前には白雄。手は固定されている。つまりは動けない。それにこの白雄の妖艶な笑み。いつもは振り回されているくせに、今だけは立場が逆になっている。…貞操の危機かもしれない。

「…俺が怒ったとでも思ったか?」

「…いや、あの、え」

「寝ろ。いいな」

その時、誰かの足音が聞こえた。

「あ、兄上!?」

もしここで入り口付近に立っている白龍が金属製の盆でも持っていたら、きっとガシャンと派手な音を立てて落とすだろう。

白龍が見たのは、己の兄が病人の女性を壁に追い詰めている光景だった。

「なっ…何やってんですか病人相手にぃ!!」

「違っ…誤解だ白龍!!」

「秋殿が倒れたと聞いて部屋に来てみれば…。いくら兄上が女性慣れしてると言えど、病人を無理矢理染めようとする人だとは思いませんでした!」

この最低の破廉恥野郎!と叫びたくなるのを抑え、白龍は部屋を飛び出した。

残された白雄は呆然としていた。暫くして秋が「あの…離して下さい…」と言い、はっとして白雄は秋の手を離した。そのまま無言で秋は寝台へと向かい、大人しく横たわった。白雄はその背中を見詰めながら、椅子に戻る。

「…すまなかった。別に俺は白龍が言っていたようなことをするつもりじゃ…」

「…わかってますよ…。…女性慣れ…女性慣れですか…」

秋の背中は小刻みに揺れていた。事情を知っている秋は、笑いを堪えているのだ。白雄はにこりと笑い、秋を体ごと此方に向けさせた。途端に秋の笑みがひきつる。

「ならば、お前のその身体で感じてみるか?俺の“女性慣れ”とやらを」

「い、いえ、結構です丁重にお断りしますやめてください」

「これからお前が治るまで、毎日付き添ってやる。覚悟しておけ」

…質問でーす。なんで風邪の時に限ってこの人はこんなにも積極的なんですかー?白雄の含み笑いに、秋は今度こそ貞操の危機を感じた。





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