第13話

その日はどんよりとした灰色の雲が空を覆い、快適とは言えないような天候だった。太陽が隠れて涼しくなれば良いのだが、じめじめとした空気は太陽が隠れていることにより更に悪化した。もうすぐ雨が降るだろう。

天気の悪い日はあまり体調が優れない。それが秋の体質だった。雪であれば別の話だが、曇りの日は嫌いだ。晴れるなら晴れる、雨が降るなら降るとはっきりして欲しい。

「だから夏は嫌いなんですよ…白瑛皇女、金属器でバーって雲を吹き飛ばしちゃえませんかね?」

「流石に無理ですよこんな厚い雲…」

無茶な秋の提案に、白瑛は苦笑を漏らす。むう、と秋は小さく唸りながら、お茶を一口含んだ。

「なら私と秋がまた前みたいに雪を降らせればいいじゃない!」

紅玉は嬉しそうに言うが、秋はやんわりと首を横に振った。雪は好きだけど、また白蓮にやいやい言われるのは面倒だ。

今秋は、白瑛や紅玉と一緒にお茶会をしている。本来ならば継承権下っ端の、それも皇太弟の娘である第八皇女の紅玉と、正統な第一皇女である白瑛が交わるなどなかなか無いことだ。白瑛自身が従兄弟同士であるのだから、と気にしていないこともあるが、一番大きいのは秋の存在だろう。白瑛、紅玉両方の友人と名乗れる秋は、何かと顔が広い。

お茶会ではお洒落の仕方、想いを寄せている男性の話といった乙女らしい会話をしていたが、話しているのは紅玉ばかりで、秋と白瑛はそれに相づちを打って聞き手に回っていた。そもそも秋はお洒落なんて興味無いし、男性だって恋仲というよりは友人のように付き合うことが多かった。

「でねぇ、そこでシンドバッド様がぁ…」

「シンドバッド王ってあの最低な破廉恥野郎の女誑しのことですよね」

「酷いわ秋!シンドバッド様はそんな方じゃない…はずよ!」

秋と紅玉のやり取りを、白瑛はお茶を啜りながらにこにこして見ていた。

「えーと白瑛様。貴女に想い人はいらっしゃらないのかしら?」

「私…ですか?」

紅玉の問いに、白瑛は首を傾げた。

「あまり考えたことがありませんね。私は将軍でもありますから、男性に恋するよりも戦に勝つ為に鍛練や作戦を立てるほうが好きなので…」

「そうなのぉ?じゃあ秋、貴女には…失礼。貴女には一途なお方がいらっしゃったわねぇ」

ふふっと楽しそうに紅玉は笑った。くどいようだがただでさえ鈍感な秋は、体調が優れないこともあり、紅玉が誰のことを言っているのかわからなかった。

「誰のことですか、それ」

「やあねぇ、秋ったら。白雄様のことよぉ」

「ああ…」

紅玉と白瑛はこの前の会議で紅炎が提案したことを知っている。それを秋に告げるのはやはり白雄本人のほうがいいと、兄弟たちや家臣は黙っているのだ。

「…私は一生白雄皇子についていくつもりですよ」

「えぇ!?そ、それってどういう意味で!?」

「勿論、主と従者の関係で、ですけど」

「なっ…なぁんだ、そういうことねぇ…」

身を乗り出して秋の話を聞いていた紅玉は、へたりと力が抜けて椅子に座り込んだ。秋がそのようなことを勘づくわけがない。

そもそも白雄だって女性の扱いには慣れてるはずだが、秋に関しては全くそれが発揮されていない。白雄は敏感だが秋に関することになると途端に不器用になる。よくそれで距離が保てるものだと周りはいつも思っていた。

「兄上は秋の話をする時、いつも楽しそうに話しますよ」

「どちらの皇子ですか?」

「お二人ともですけど、特に白雄兄上が」

素直に言えないだけであって、本当に秋殿のことが好きなんだと思いますよ。白瑛がそう言おうとして秋を見た途端、ぴたりと動きが止まった。

「秋殿…!?」

「…ちょっと秋!?貴女大丈夫!?」

慌てて二人が声を掛けるが、秋はぐったりとして反応しなかった。天候が悪いせいで、体調が悪化してしまったのだろうか。頬も赤くなり、息苦しそうだ。これは本格的な風邪だと察した白瑛は、廊下に飛び出て白雄の部屋まで走った。

「…兄上!!来てください!秋が大変なんです!」

白瑛の声にただならぬ雰囲気を感じて、白雄は走って白瑛の後についていった。部屋に入って白雄が見たのは、具合が悪そうに椅子に座って机に顔を俯せている秋と、それを見ておろおろする紅玉だった。

「秋…!」

「…皇子…皇女も…近づかないで下さい。風邪が移ります…」

「そんなこと言ってる場合か!」

白雄は秋を寝かせるように、背中と脚の関節を腕で支えて、そのまま医療室に連れて行った。白雄に抱えられたまま、秋はすぅっと意識が遠くなった。





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