白雄は頭を抱えた。面倒なことになってしまった。
徐々に暑さが増していくなかで、このような面倒を起こしてくれた紅炎を白雄は恨めしく思った。本人に悪気がないのはわかっていたが、これは人生を大きく左右するかもしれない問題だ。
従兄弟揃って語らいをしたあの数日後、紅炎は会議でとんでもないことを言い出したのだ。
「白雄殿と秋を結婚させてはどうか」と。
秋を慕っている者は多い。白雄が秋を正妃として娶れば、白雄をめぐって醜い争いをしている側室たちも諦めるだろうというのが紅炎の主張だった。兄弟全員もそれに賛成して、白雄が反論することなく会議は終わったのだ。
秋のことは嫌いじゃない。寧ろその逆だ。だが結婚というのは腑に落ちない。というか、想像出来ないのだ。主と従者という関係でずっと保ってきた。想いが通じた今だって、これと言って特別なことはしていない。
話題にされている本人はというと、主である白雄の隣に座り、珍しく自ら書類に目を通していた。本来このようなことは家臣に任せればいいのだが、皇太子の従者として、やはり補佐をする為にある程度政治を理解しておかなくてはならないと秋自らの意思で行動しているのだ。
「…皇子〜?大丈夫ですか〜?」
白雄の顔を覗き込み、秋は声を掛けた。目睫の間に玲瓏な顔があり、白雄は思わずうわっと声を上げ仰け反った。
「どうしたんですか、ぼーっとして。いつもの皇子らしくありませんね」
秋は紅炎の提案を知らない。何れは秋に告げねばならないのだろうが、意識すると余計緊張してしまう。悶々と想いを巡らせていると、秋があぁ、と何か閃いたように手を打った。その口元はにやにやと笑っている。
「皇子、あれですか?昨日の夜に誰かさんと夜更かしでもしたんですか?」
「なっ…」
「いいですよねぇ男性は。好きなだけ弄んで、後は知らないって言ってもいいですもんね」
秋は具体的な名称を言っていない。しかし白雄には秋が何を言いたいのかわかっていた。
「女性は孕ませられたらその後散々痛みを味わい一生をかけて育んでいかなくてはなりませんからね〜。女性の気持ちも理解して欲しいものです」
「俺を女誑しみたいに言うな。好きでやっているわけじゃない。あと昨日はやっていない」
静かに反論の言葉を連ねる白雄だったが、少し引っ掛かるところがあった。
「秋…お前さっき『気持ちを理解して欲しい』と言っていたが、もしかしてお前は経験があるのか?」
秋と同様に、白雄も具体的な名称は口にしなかった。秋は肩を竦めて笑った。
「そんなわけないじゃないですか。ついこの間まで想いを寄せていた男性なんていませんし」
「…そうか」
白雄は思わず安堵の息が漏れた。秋の「初めて」を期待していた自分が恥ずかしかったが、恥じる以上に嬉しかった。秋は小首を傾げ、不思議そうに白雄に尋ねた。
「何故、そのようなことをお聞きになるのですか?」
相手が鈍感なのは助かる。このような話の件で勘づかれてしまっては決まりが悪い。白雄は「さあな」と適当に答えをはぐらかし、資料に目を通し始めた。その横顔からは、少し嬉しさが滲み出ていた。
頭に疑問符を浮かばせていた秋だったが、主が再び仕事に取りかかったのを見て、自分もしなければと席に戻った。
prev/next
back |