第9話

蝉が煩いと感じられるのは、四季のある煌帝国ならではのこと。四つも季節があるなんて他の国からしてみれば羨ましい限りのことだろうが、秋はそれにうんざりしていた。

例えば南国のような年がら年中夏の国に住んでいれば、少なくとも暑さには強くなれるはずだ。それが煌帝国では出来ない。

何故夏という季節があるのだろうか。暑さに弱い秋にとって、それは受け入れ難い現実だった。いっそ夏を無くして春からそのまま秋になってしまえばいいのに…。そんな無意味な現実逃避をしてしまうほど、とにかく夏は嫌いなのだ。


「暑い…暑すぎる…」


何もする気が起きない。もはや動くのも億劫だ。秋は机に右頬を貼り付けるような体制で椅子に座っていた。

「大丈夫か?」

秋の上から降ってくる声は、大して心配してなさそうな明るい声だった。秋は顔を上げて声の主を見上げる。

「大丈夫じゃないですよ。白蓮皇子は平気なんですか」

「まあ夏は嫌いじゃないからな。どっちかっていうと俺は冬のほうが苦手だし」

「私はその逆です…」

うう、と恨めしそうに白蓮を上目遣いで見つめる秋。その恨みは白蓮に向けられているのではなく、夏自体に向けられているのを白蓮は分かっていた。顔が火照っているせいか、目が少し潤んでいる。

「…本当に可愛らしい顔するな、秋は」

「は?」

くしゃっと白蓮は秋の頭を撫でた。傾城美人と名高い秋だったが、その性格は決して淑やかとは言えないものだ。だけど美人ということを決して鼻にかけないし、良い意味で身分を気にしない。

今だってそうだ。本来ならば、仮にも皇族である白蓮の前で座っているなど許されないことだ。これは秋だから許されること。特別扱い、というよりは、彼女の性格上お堅くさせるのは無理だと周囲の諦めがそうさせている。


「…なんか涼しくなる方法はないですかね」

窓から差し込む日差しに目を細めて、秋はぽつりと呟いた。そしてはっと閃く。

「…そうだ!紅玉姫呼んできますね!」

何故紅玉が必要なんだ。それを問う間もなく、秋は部屋から飛び出して行った。


「紅玉姫〜」

紅玉の自室にはやはり部屋の主の姿があった。人が訪ねてくることなんて滅多にない為、紅玉は目を見開いた。

「秋…!?」

みるみると紅玉の表情が緩み、嬉しそうに秋に抱きついた。まるで子犬のようだ。

「姫、暑いです」

「あ…ご、ごめんなさい!私ったら嬉しくてつい…」

紅玉の数少ないお友達の中の一人が秋だ。秋から少し離れて、紅玉は首を傾げた。

「突然どうしたの?私を訪ねてくるなんて久しぶりじゃない」

「ちょっと紅玉姫に頼みたいことがあるんです。よろしいですか?」

「秋の頼みだったら聞いてあげるわよぉ」

秋の頼みを聞いて、紅玉は少し驚いた表情を見せたが、秋の為ならばと快く頷いた。



白蓮はとんでもないものを見ているような気がした。紅玉が魔装をして宙に立っているのを、廊下で目撃してしまったのだ。魔装をするなんて何があったのだろうか。煌に滞在している限りは敵なんて来ないというのに。

「よし…行くわよぉ!」

紅玉は武器化魔装した剣を天に掲げた。すると剣の切っ先の真上あたりに灰色の雲が集まり始め、次第に空を覆いつくしていった。

「さすがですね!!では次は私が!」

声を張り上げて、今度は秋が宙に立っていた。彼女は金属器を持っていない。その代わりに、魔力操作を少し変わった形で使えるのだ。

魔力が多くルフに愛されている秋は、マギでも魔導士でもない。しかし自らの魔力を少量使うことでルフと通じることが出来るらしい。ルフに命令式を出せば、秋はどんな形の魔法も使うことが出来る。

秋は紅玉の隣で祈るような姿勢をとった。秋の周りが白く光りだす。やがて秋を包んでいる白い光は勢いよく天を貫き、辺りの空気を僅かに震わせた。

何をしたのかと疑問に思いながら白蓮は空を仰ぐ。暫くすると、小さな白いものが降りだした。

「…雪!?」

紛れもなく雪だった。気温は真夏であるためか少し下がる程度で、快適な気候になった。しんしんと雪は降り続ける。

戸惑っている白蓮の前に紅玉と秋が降り立った。

「どうです皇子、私たちの合わせ技は」

秋は得意そうに笑みを浮かべ、紅玉は魔装を解きながら微笑む。

「紅玉姫が煌の周りの海や川から水を集めて、それを蒸発させて雲を作ってくれたんです。その雲にある水分に私が命令式を送って、凍らせて雪にしたんですよ」

「…確かに涼しいけど、これ大事にならないか?」

「まあその辺は適当に」



二人の活躍により、煌は真夏でありながらも雪景色を楽しむこととなった。ただ二人が魔力を使いすぎた為か、その後数日間、雪は止まなかった。




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