はあ、と純々は曖昧な返事をした。あまりにも唐突すぎる質問に、三人は顔を見合わせる。秋様は何をお考えなのかしら、わからないわ、でも私たちの心は一つでしょう…。目で言葉を伝え合い、彼女たちはやがて頷いた。
「…主に付き従うのが、従者の役目。それは色恋であっても同じことです。紅覇様がどんな道を進もうと、私たちは付いて行きます」
自分たちの意思をしっかりと示すように、麗々は言葉を重ねた。純々、仁々も頷く。
「…そっか、ありがとう」
忠誠を掲げる彼女たちを見て、秋は悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなった。己は、白雄に仕えると決めたのだ。迷う必要なんてないじゃないか。
秋の晴々とした表情を見て、純々たちは笑った。良かった、いつもの秋様だ。ふと、秋の後ろに見慣れた影が近づいてきたのが見えた。純々たちはくすっと笑うと、私たちはこれで、とその場を去っていった。
「……秋!!」
「ひっ!?」
いきなり肩を掴まれ、秋は持ち前の反射神経で即座に振り返り相手との距離を取った。
「…そんなに警戒しなくてもだな」
前に立っていたのは、紛れもなく秋の主、白雄だった。
「…」
覚悟はしていたけど。目の前にいるこの凛々しい男性が、ホ…じゃなくて同性愛者だなんて。やっぱり信じられない。
「…わ…私は!皇子がどのような覇道を進もうとも!どこまでも付いて行きますよ!」
動揺からか、秋の語尾はいちいち強くなっていた。白雄は秋の口調から彼女が誤解をしているのを確信する。溜め息を吐き、白雄は腕を組んだ。
「誤解だ」
「言い訳しなくてもいいんですよ皇子。例え貴方がどのような覇道を進もうとも…」
「だから誤解だと言っているだろう」
余程深く勘違いをしているようだ。白雄は内心で焦りながら、それを表に出さないように弁解をする。秋の前では冷静でありたい。
「ジュダルが俺の私物を勝手に取ろうとしたから、それを取り返そうとした。そしたら勢いが余ってジュダルを押し倒してしまった。それだけだ」
それでもまだ、秋は疑わしそうな目で白雄を見ていた。勘違いされては困る。しかもジュダルとなんて絶対に無い。白雄は悩んだ末に、最後の手段を取ることにした。
「…これが必死に取り返そうとした私物だ」
すっと、白雄は懐から手巾を出した。秋が刺繍をした、あの時白雄に贈った、手巾だった。
「…!?」
「お前から貰った、大切なものだからな。常にここに入れてある」
そう言いつつも、白雄は自然と頬が熱くなってしまった。自分から言ったことだが、恥ずかしくて仕方がない。秋の目を見ていられず、白雄は顔を背けた。
そんな白雄の様子を、秋はきょとんとして見ていた。しかしすぐに頬が緩ませてくすっと笑う。まるで子供みたいだ。
「……皇子」
「…なんだ」
「大切にしてくれていたんですね、それ」
手巾を持つ白雄の手を、秋は自分の手で包んだ。男らしい大きな手は、秋の細く小さな手では包みきれなかった。白雄は秋に向き直る。秋はまるで天女のような、美しく優しい笑みを浮かべていた。
「…!」
「ちゃんとした男性であるとわかったことよりも…。皇子が手巾を大切にして下さったほうが嬉しいです」
…本当に、秋は掴めない女だ。からかうような口を聞くこともあれば、乙女のような純粋な面持ちを見せることもある。扱いにくいと言うべきなのだろうか。
「…全く。お前には、いつも振り回されるな」
皇太子という位にありながらも、いつも秋に振り回される。けれど白雄は決してそれが嫌ではなかった。冗談めかして秋は悪戯っ子のような含み笑いをした。
「そうですか?勝手に皇子が私に着いて来られているのでは」
「…そうかも知れんな」
丸く収まったからと言って、ジュダルを許すわけにはいかない。白雄は秋に笑みを返しながらも、心の中ではジュダルに対する怒りを燃やしていた。
prev/next
back |