第6話

七姐誕は、大人も子供も楽しめる行事だ。神社の近くでは紙紮店や模擬店なんかも出てかなり賑やかになる。

「ねえねえ皇子〜。町に出て夜七姐を祭りましょうよ〜」

「…町に出て遊びに行きたいだけだろう」

子供のように白雄の腕を掴みながら、秋は懇願した。皇族が護衛もつけずに国民と混じって町に出ることはまず不可能だ。危ないというのも勿論あるが、国民と神聖な皇族が一緒に楽しむなんて有り得ない。そういう考えを持つ煌帝国ならではの決まりだ。

皇族を尊重するのは悪いことじゃない。だが、過剰に特別扱いするのはどうかと思う。秋は自由奔放なシンドリアを少し羨ましく思った。

「お前もわかっているだろう。俺はそう簡単に此処から出れないと」

「…そうですけど…」

秋自身は白雄の許しを貰えれば、好きなだけ町に出られる。だが秋はいつも第1皇子として重い責任を背負っている白雄に息抜きをして欲しいのだ。

そういうことは敢えて言わず、秋は大袈裟に溜め息をついた。

「…わかりました。私はジュダルとでも行ってきます」

「…は!?」

思ってもない提案に、白雄は声を上げた。確かにジュダルは皇族以上に神聖な存在だが、自由に移動することが許されている。というか、マギである彼を縛り付けるものなんてないのだ。

「だから許可を下さいな皇子〜」

「駄目だ!!」

白雄の怒鳴り声に、秋は驚いて体をびくりと揺らした。その後すぐに白雄ははっとする。

突然のことにおろおろする秋。私情で怒鳴ってしまった自身が恥ずかしくなり、白雄は目を伏せた。

「…すまない」

「…あ…いえ。お気になさらず」

何か失礼なこと言ったかな、と秋は頭の中で記憶を巻き戻す。

「……ジュダルとは、あまり親しくしないで欲しい」

独り言のように、白雄は小さな声で呟いた。えっ、と秋は顔を上げる。

「へ…変な意味ではなくてだな!…彼奴は、組織と繋がっている。彼奴がお前を気に入れば、組織に取り込もうとするだろう」

組織の仲間を増やさない為にも、秋が悪事に手を染めないようにする為にも、ジュダルとあまり関わってはいけない。それが白雄の言い分だった。

白雄の中では、それも言い訳に過ぎないとわかっていた。それとはまた別の感情のほうが強いことも。

そんなことを口にしても、秋は「ご冗談を」と言って笑い飛ばすだろう。

白雄が顔を仄かに紅潮させているのを見て、秋はぷっと吹き出した。全く、素直じゃないんだから。

「…冗談ですよ。白雄皇子が嫌っている男性と、わざわざ行くわけないじゃないですか」

「…!」

「私は、白雄皇子と楽しみたいんです。それ以外興味ありません」

町に出られなくても、白雄が楽しめるのであれば。白雄の、笑顔が見れるのであれば。

「私が贈り物をしたい男性がいると言っていたのも…」

秋がその先の言葉を、白雄は遮った。ぎゅっと秋を抱き寄せ、秋の耳元で囁いた。

「……もういい」

白雄の吐息が耳を擽り、さすがの秋も顔が熱くなった。

「は、白雄皇子!?」

「…好きだ、秋」

見た目の美しさだけじゃない。いつも笑顔で、誰よりも優しくて。

「俺に気楽に接してくれるのは、お前くらいしかいない。お前を失ってしまえば、俺はまた孤独になってしまう」

秋の背中に回った白雄の腕が、僅かに震えていた。神聖だの、神の子だの。そう言われ続けて生きる皇族…特に第1皇子とあれば、人が気を遣って近寄りがたい存在になるだろう。それが皇族にとって、とても狭苦しい思いだということも知らずに。

秋は白雄に腕を回した。

「大丈夫です。私は、皇子の傍から離れません。この命が尽きるまで、お守りいたします」

「…秋…」

お互いの体温が伝わっていく。秋はきゅっと目を閉じた。



* * *



「皇子見てください!綺麗な天の川ですよ!」

露台で空を指差す秋に、白雄は苦笑を溢した。本当に無邪気だ。

「おー本当だ!ほらほら、白龍と白瑛もこっち来いよ!」

白蓮が手招きをして、秋の左隣に立つ。白瑛、白龍もその隣で空を見上げた。

「綺麗ですね、白龍」

「はい」

白瑛と白龍が満天の星空に感動しているなか、白雄は秋の右隣に立った。日が落ちれば、だいぶ涼しくなる。涼風がすっと吹き抜けた。

「…なんか私、お邪魔じゃないですか?」

血の繋がった4兄弟がいる中で、秋は尋ねた。白雄が目を細めて微笑む。

「…秋は、家族も当然だ」

そうそう、と頷く白蓮だったが、ふと不思議そうな顔をした。

「あれ…兄上が秋のこと名前で呼ぶなんて珍しくないですか?いつもは『お前』なのに」

「…黙れ」

いつもと違う白雄の反応に、白蓮はにやにやした。これは何かあったな。

「そういえば白蓮。お前も誰かに贈り物をすると言っていただろう。もう渡したのか?」

白蓮、白龍、白瑛、秋は顔を見合わせた。くすっと笑い、白雄に向き直る。

「実は俺たち、兄上に贈り物をしようって言ってたんです」

「最初は俺たち4人で兄上に渡そうって決めてたんですけど」

「秋殿だけどうしても個別に渡したいって言っていたので…」

「ななな何言っちゃってんですか白瑛皇女!?」

からかうような3人の言葉に、秋が顔を紅くする。白雄は驚いて目を見開いていたが、やがて優しい笑顔になった。

「…そうか」

白蓮はその様子を面白そうに見ながら、小さな箱を白雄に差し出した。

「手作りの巧果です。白龍が指示してくれたんで、味は保障します!」

巧果は、煌で七姐誕のときに食べられるお菓子だ。礼を言いながらそれを受け取り、白雄は目の前で紅くなりながら包み紙を取り出す秋を見た。普段見せることのない、なんとも可愛らしい姿だ。

「えっと…私が刺繍した手巾、なんですけど…すみません。こんなものしか用意出来なくて」

とても綺麗な刺繍だ。それを受け取るかわりに、秋の手に何かを握らせた。秋は首を傾げて自分の手の中を見る。

「…!!」

そこにあったのは繊細な装飾が施された髪飾り。地味でもなく派手でもなく、秋好みのものだった。

「こんな高価なもの…申し訳なくて受け取れません」

「第一皇子のものが受け取れないというのか?」

また悪戯に笑って。ずるいと思いながらも、秋はそれを受け取った。普段は白雄を一人の男性として意識なんてしたことない。これも七姐誕の魔法なのだろうか。…いや、秋は白雄に対する感情を仕事だからと言って押し殺していたのかもしれない。

「秋だけお返しあげるなんてずるいですよ!俺たちにもくださいよ!」

「黙れ白蓮。また後でやるから……?」

白雄は途中で言葉を止めた。秋が、泣いていた。ぽろぽろとこぼれだす涙。何故止まらないのか秋にはわからなった。ただ、嬉しくて。抑えきれない感情が秋を飲み込んでいく。

「ご、ごめんなさい…。私、嬉しくて…」

白雄の指が秋の涙を拭った。その後ろで「世話掛けやがるんだから」とでも言いたげに白蓮が苦笑を浮かべる。白龍と白瑛は、二人きりにさせてあげましょうと白蓮を連れてその場から去っていった。


今夜は七姐誕。

兄弟や家族が感謝を伝え合い、恋人が愛を確かめ合い、新たな恋が実る日。





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