「秋殿は料理、お得意ですか?」
「へ?」
そう尋ねてきた人物が白龍なら良かった。が、今秋の前に立っているのは、料理道具を手に微笑む白瑛だった。
「よろしければ、一緒にお料理作りませんか?」
ぴたっと秋の動きが止まる。
「…今からですかぁ!?」
「はい!」
白瑛は料理があまり上手くない。いや、正直に言えば下手だ。それも尋常じゃないくらいに。優しい嘘をついて彼女の料理を食べた青舜と白龍が、その後数日間腹痛で寝込んでいたという記憶もある。
一緒に作るとなれば、必ず食べさせられる。強制的に。
「わっ…私じゃなくて白蓮皇子とでも」
「いえ、私は秋殿と一緒にしたいのです」
何気に白蓮を犠牲にしようとしているのを無視して、白瑛は秋の腕を引っ張りながら厨房へと向かった。
「…生まれてこの方、料理なんてしたことが無いのですが」
料理器具を持たされながら、秋は諦めたのかどこか遠い目をしていた。そんな眼差しをものともせず、白瑛は鼻歌を歌いながら厨房の前に立った。
「さて、何を作りましょうか」
「……簡単なものでいいですよ、皇女。簡単なもので」
凝ったものだと失敗する確率が高くなるだけだ。なるべく、簡単でリスクの少ないものにしていただきたい。秋がそんなことを心から祈っていると、ふと視界に見慣れた影が映った。
「…白龍皇子ぃ!!」
「はい!?」
素晴らしい瞬発力で、秋は白龍の後ろ襟を掴んだ。仮にも一国の皇子の襟を掴むな、と振り返って文句を言おうとしたが、白龍はその言葉を飲み込んだ。
秋の顔に一筋の汗が伝っていた。何時になく真剣な表情で、何か意味深げに頷く。これはただ事じゃない。白龍は秋の後に着いて行き、そっと厨房を覗いた。
そこには、紛れもなく自分の姉がいた。
「…いやいやいや!何故姉上が厨房にいらっしゃるのですか!?」
「皇女が料理を作るからに決まっているでしょう!」
「わかってますよそんなこと!何故姉上が急に料理を作ろうとしているのか聞いてるんですよ!」
「私だってわかりませんよ!」
厨房の入り口の影に隠れながら、二人は小声で言い争いをしていた。くるり、と白瑛が振り返る。二人の体が硬直した。
「あら…どうしたの?白龍も一緒に…。二人とも、こちらにおいでなさい」
「は、はい!!」
声を揃えて二人は厨房の前に立つ。が、そこで秋はあることに気がついた。白龍が白瑛に指示をすれば、科学兵器のような料理にはならないんじゃないか。
「白瑛皇女。折角ですし、白龍皇子に料理の仕方を教えていただきましょうよ」
「白龍に?」
「はい。白龍皇子、とっても料理が上手なんですよね?私、白龍皇子に教えていただきたいです」
大袈裟に白龍を尊敬するような口調で、白龍に目で訴えた。それを理解したのか、白龍も頷く。
「俺で良ければ、お力になりますよ」
「そう?なら白龍にお願いしようかしら」
内心でよっしゃあと叫びながら、秋と白瑛は白龍に作り方を教わった。途中多少トラブルがありながらも、なんとか完成出来た。…のだが。
「…」
「…」
目の前に存在するのは、もはや料理とは思えない物体。
「なんでこうなるんですか!?」
「俺もわかりませんよ!!」
確かに白龍はきちんと的確な指示を出していたが、何故か白瑛が手を加えたものは、原型を留めていない物体になっていた。
「二人とも、食べてみて下さいな」
何とも言えない白瑛からの気迫。秋と白龍は顔を見合せた。
「…わかりました。私が食べます」
「…!?正気ですか秋殿!?」
「はい。皇子を危険な目に合わすわけにはいきません」
「……秋殿…!!」
「主の弟を守るのも、従者の役目ですから」
まるで逆転不能な形勢の中で、囮となって敵陣に一人突っ込んでいくかのように、秋は料理を口にした。不安気にそれを見つめる白龍。にこにこ微笑む白瑛。
「…っ」
「秋殿!!」
秋は目を見開く。応急処置をとろうとする白龍だったが、秋はそれを手で制した。
「……美味しい…!」
一瞬、理解するのが遅れる。
「………は?」
「美味しいですよこれ!!ほらほら皇子も食べてみて下さい!」
無理矢理白龍の口に料理…と呼べるかわからない物体を押し込んだ。白龍は抵抗していたが、その味に動きが止まった。
「…え!?美味しいじゃないですか!」
「だから言ったでしょう」
見た目から想像出来ないその味に、二人は感激していた。白瑛も満足そうだ。
「喜んでいただけて良かったです…。…あ、そういえば」
ふと、白瑛が秋のほうに向き直る。
「秋殿はお料理、作ってなかったですね?」
次にくる言葉はわかる。今からでもいいから、作ってくれと。秋は無言で、全速力で厨房から抜け出した。
その背中を、白龍と白瑛は呆然として見送っていた。
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