「皇子見てくださいほらほら!」
秋は白雄の前に手をつきだした。ぷらんとぶら下がっている何かに、白雄は目を細める。
「…亀か?」
「そうです!」
楽しそうにその亀を掌に乗せる秋。何処からそんなもの連れてきたんだ。そう尋ねる前に、秋は口を開いた。
「白龍皇子が迷宮攻略に行ったとき、私も付き添いとして行ってたじゃないですか。あの時妙になついたんで、そのまま連れてきちゃいました」
確かに可愛らしいが、口から覗く鋭い歯がどことなく迷宮生物を思わせた。というか迷宮生物を持ち出してもいいのか。
「…というのは冗談で。実はこの子、ザガンに作って貰ったんです。私、この子すっごく気に入ってたので」
秋が亀の頭を撫でると、亀は嬉しそうに目を閉じる。はあ、と曖昧な返事をして、白雄は資料を手に持った。
「私の魔力を少し分けて作ったんで、よくなつきますよ」
「…そんなことに魔力を使うな」
「兄上、何をしているんですか?」
白龍が怪訝な顔をして部屋に入ってきた。兄と秋の顔を交互に見て状況を理解したのか、くすりと笑い声を漏らした。
「楽しそうな声が聞こえたと思ったら…秋殿でしたか。兄上は秋殿といる時、いつも楽しそうですものね」
「そうか?」
「はい」
頷く白龍に秋はずいっと近づいた。女性の顔が目の前にあるなんてことが滅多にない白龍は、思わず顔が紅くなる。
「な…!?」
「見て下さいこれ!」
気付けば白龍の目の前に美しい顔はなく、一匹の亀が歯を向けて宙ぶらりんな状態でいた。
「うわあああ!?」
突然の出来事に、思わず白龍は後退る。
「可愛いでしょう?ザガンをちょっとお借りして作っちゃいました」
…悪意はないとわかっていても、白龍にとっては迷宮攻略の時からトラウマの亀だ。質の悪い悪戯としか考えられない。
「何作っちゃってんですか!?いじめ!?」
「いじめ…?いえ、そんなつもりは」
「こっちに向けないで下さい!迷宮のことを思い出すじゃないですか!」
「迷宮のこと?」
迷宮で何が起こったのか暫く回想をしていたが、やがて思い当たる節を見つけニヤリと笑った。いつもの悪戯を思い付いたような笑みだ。白龍はうっかり自分が弱みを口にしてしまったことに気付き、慌てて口を押さえる。
あのことはまだ、白雄に話していない。
「ん?どうした白龍。迷宮で何かあったのか?」
「聞いて下さいよ白雄皇子〜。白龍皇子ってば迷宮攻略の途中でザガンの挑発に乗っ」
「うわぁぁああああ!!」
今度は秋の言葉を遮るように、叫び声を上げながら白龍は彼女の口を手で塞いだ。みんなの前で泣きながら暴言吐いただなんて知られたくない。それも尊敬する人物の前で。
「…?ザガンがどうかしたのか?」
「い、いえ!!お気になさらず!」
秋は白龍に後ろの襟元を掴まれて、そのままずるずると引きずられて退場。白龍の力程度なら秋は抵抗すれば簡単に逃れられる。が、面白いのでそのまま白龍に身を委ねていた。
「もう、白龍皇子ったら強引なんですから」
「…」
怒りを露にしている白龍。動じない秋。亀を撫でながら、白龍のほうに向ける。露骨にその顔が引きつる。
「ひっ…!」
「弱点、見つけちゃいましたね。これから毎日楽しみです」
それから数日間、秋は白龍に会うたびに亀を見せつけていた。
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