第3話

「皇子見てくださいほらほら!」

秋は白雄の前に手をつきだした。ぷらんとぶら下がっている何かに、白雄は目を細める。

「…亀か?」

「そうです!」

楽しそうにその亀を掌に乗せる秋。何処からそんなもの連れてきたんだ。そう尋ねる前に、秋は口を開いた。

「白龍皇子が迷宮攻略に行ったとき、私も付き添いとして行ってたじゃないですか。あの時妙になついたんで、そのまま連れてきちゃいました」

確かに可愛らしいが、口から覗く鋭い歯がどことなく迷宮生物を思わせた。というか迷宮生物を持ち出してもいいのか。

「…というのは冗談で。実はこの子、ザガンに作って貰ったんです。私、この子すっごく気に入ってたので」

秋が亀の頭を撫でると、亀は嬉しそうに目を閉じる。はあ、と曖昧な返事をして、白雄は資料を手に持った。

「私の魔力を少し分けて作ったんで、よくなつきますよ」

「…そんなことに魔力を使うな」

「兄上、何をしているんですか?」

白龍が怪訝な顔をして部屋に入ってきた。兄と秋の顔を交互に見て状況を理解したのか、くすりと笑い声を漏らした。

「楽しそうな声が聞こえたと思ったら…秋殿でしたか。兄上は秋殿といる時、いつも楽しそうですものね」

「そうか?」

「はい」

頷く白龍に秋はずいっと近づいた。女性の顔が目の前にあるなんてことが滅多にない白龍は、思わず顔が紅くなる。

「な…!?」

「見て下さいこれ!」

気付けば白龍の目の前に美しい顔はなく、一匹の亀が歯を向けて宙ぶらりんな状態でいた。

「うわあああ!?」

突然の出来事に、思わず白龍は後退る。

「可愛いでしょう?ザガンをちょっとお借りして作っちゃいました」

…悪意はないとわかっていても、白龍にとっては迷宮攻略の時からトラウマの亀だ。質の悪い悪戯としか考えられない。

「何作っちゃってんですか!?いじめ!?」

「いじめ…?いえ、そんなつもりは」

「こっちに向けないで下さい!迷宮のことを思い出すじゃないですか!」

「迷宮のこと?」

迷宮で何が起こったのか暫く回想をしていたが、やがて思い当たる節を見つけニヤリと笑った。いつもの悪戯を思い付いたような笑みだ。白龍はうっかり自分が弱みを口にしてしまったことに気付き、慌てて口を押さえる。

あのことはまだ、白雄に話していない。

「ん?どうした白龍。迷宮で何かあったのか?」

「聞いて下さいよ白雄皇子〜。白龍皇子ってば迷宮攻略の途中でザガンの挑発に乗っ」

「うわぁぁああああ!!」

今度は秋の言葉を遮るように、叫び声を上げながら白龍は彼女の口を手で塞いだ。みんなの前で泣きながら暴言吐いただなんて知られたくない。それも尊敬する人物の前で。

「…?ザガンがどうかしたのか?」

「い、いえ!!お気になさらず!」

秋は白龍に後ろの襟元を掴まれて、そのままずるずると引きずられて退場。白龍の力程度なら秋は抵抗すれば簡単に逃れられる。が、面白いのでそのまま白龍に身を委ねていた。


「もう、白龍皇子ったら強引なんですから」

「…」

怒りを露にしている白龍。動じない秋。亀を撫でながら、白龍のほうに向ける。露骨にその顔が引きつる。

「ひっ…!」

「弱点、見つけちゃいましたね。これから毎日楽しみです」



それから数日間、秋は白龍に会うたびに亀を見せつけていた。





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