第2話

にこり、と秋は微笑んだ。本人は純粋に笑ったつもりだろうが、彼女の前に座る白蓮の目には、恐ろしい悪魔の微笑みにしか映らなかった。

「…で、どうしろと」

「手伝って下さいな。白蓮皇子」

書類をどさりと机に置く。なんでまた俺が、と言葉が出そうになるが、それは口にせず飲み込んだ。
白蓮は次男として兄である白雄を支えると豪語していた。秋はそこに漬け込み、協力を申し出たのだ。

「兄の為に齷齪するのでしたら、その部下である私の支えになるのも当然ではありませんこと?」

「……妙に艶かしく喋るのはやめろ。調子狂う」

白蓮は右手で頭を掻き眉を寄せた。あまりの多さに参っているようだが、それは秋も同じだった。二人で協力しても1、2時間で終えられる程生ぬるいものではない。

「こんなものを秋に押し付ける兄上もどうかと思うけどな」

「私の頭じゃ足りないから、皇子にも要請したんじゃないですか」

暫く書類の山を見詰め続け、二人は同時に顔を上げた。

「逃げるか」

「ですね」

二人の利害が重なり頷いた。お互い持ち前の俊足で廊下を駆け抜け、鍛練場まで走っていった。


「…秋、結構足速いな」

「皇子こそ」

そうは言っても、息切れひとつしていない秋のほうが断然体力がある。細いくせして恐ろしいやつだ。白蓮は息を整えながら、辺りを見回した。

「まあ逃げても結局は見つかるだろうけど…。一先ずここに居とくか」

「そうですね」

とは言えど、ずっとここで隠れておくのも暇だ。秋は鍛練場にあった模擬刀を持ち出し、白蓮に投げ渡した。突然飛んできた模擬刀をこれまた持ち前の瞬発力で掴む白蓮。

「手合わせしましょうよ。久々に体動かしたいですし」

「さっき走ったので十分動いたと思うんだけどな…」

「いいじゃないですか〜」

その興奮で輝いている瞳を見て、白蓮は仕方ないな、と言いつつも満更でもない顔で刀を構えた。

秋はふぅと息を吐き目を閉じた。精神を統一させて、体内の魔力を各部に分散させているようだ。次の瞬間カッと目を開き、白蓮に駆け寄って回し蹴りを入れる。


脚と刃がぶつかり合う音が響いた。


秋の脚は見事に模擬刀で受け止められた。しかし彼女だって負けてはいない。模擬刀と言えど、金属には違いないその刃を素足で押しているのだ。

暫く押し合っていたが、秋は一度ぐっと力を込めて刀を押した。それに耐え兼ねて白蓮が刀を横向きに倒した隙を見て、その反動で秋は後方に倒立回転をしながら間合いをとった。

構えを解かないまま、白蓮は笑った。

「お前相変わらず強ぇな。ファナリスなのか?」

「んなわけないでしょう」

「そうだよな」

じりじりと、距離を詰め合う。
白蓮は前方に体重をかけ、引いている左足で勢い良く地面を蹴った。右足を軸にしたまま、刀を縦に振りかざす。

秋は両腕を顔の前で交差させて、その刀をしっかりと受け止めた。もともと彼女が異常なほど強いことを知っている白蓮も、手加減などしない。

秋は反撃の隙を窺っていた。一瞬、白蓮が力を緩める。それを感じ、すかさず刀の下から潜り抜けた。瞬時に白蓮の背後に立ち、彼の肩に手を置いた。

「私の勝ちです、白蓮皇子」

実際の戦場で敵に背後をとられれば確実に殺される。白蓮も素直に負けを認め、構えを解いた。

「やっぱりお前、ファナリスじゃねえの?さっき俺の下を潜り抜けた時、速すぎてお前の姿見えなかったし」

苦笑しながら白蓮は刀を元あった場所へと直した。そうかも知れませんね、なんて適当な答えを返して、秋は微笑んだ。




数分後、先程の手合わせの騒がしさから白雄に見つかり、説教を食らった後結局白雄も一緒に書類を纏めることとなった。






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