不死川と書かれた表札。立派な門をくぐろうかと思ったところに人の気配。隠れる必要なんてないのに、私はすぐ傍にある竹藪へ入り息をひそめその人が帰るのを待つ。この距離でも分かる綺麗な笑顔の客人。それを見送る無愛想な家主。客人が去り、家主が家へと引き返すところで竹藪を出る。すると家主はすぐにこちらを振り返った。きっと、隠れている時から気付いていたに違いないが、家主はなにも言わなかった。

「三宮、来てたのか」
「随分と仲が良さそうで」
「なんだァ?」

私の言葉に家主、基、不死川さんの眉が動く。目を細め、首に手を当てて傾げるお決まりの不機嫌な姿。でも、私だってあんな仲良さげに話していた姿を見せられては面白くはない。見せられたというか、勝手に覗き見たと言われれば何も言えないんだけども。
しかし、嫉妬ほど醜いものはない。柱同志なんだから仲良く話してても何にもおかしくないのに。恋はどうにも人を狂わせる。これが幼稚なものだという自覚はある。自覚があるだけせめてもの救いだろうか。まったく。恋は人を愚かにさせるんですよ。知ってますか、不死川さん。そう問いかけたい気持ちでいっぱいだ。しかし、これは嫉妬というより劣等感かもしれないと思い始めていた。

「カナエさんとですよ、胡蝶カナエさん」
「何いってんだお前はァ」
「何って、カナエさんが羨ましいって話です」

綺麗でおしとやかで強くて。信頼しているし、憧れている。あの人に嫉妬なんておこがましい。そして改めて気が付かされる。このモヤモヤは、やっぱり劣等感なのだと。

「何でそうなんだ、阿呆が」
「私よりも不死川さんとお似合いです」
「なんだ嫉妬かァ?」

ため息なのか苛立った相槌なのか。不死川さんは相変わらず不機嫌な表情を浮かべたまま息を吐いた。さっきまでカナエさんと話していた人とはまるで別人のようではないか。そして私はどうしてこんなに、自信がないのだろうかなあ。
思わず下を見る。私の足元には不死川さんが送ってくれた草履。可愛い、スズランの花が織り込まれた鼻緒。珍しいだろうと履かせてくれたのはそう前の事ではない。ああ、私って不死川さんに愛されてるんだなあって思ったのに。今の今まで忘れていたとはなんという事か。
くだらないことを言った事を謝ろうと目線を上げると、不死川さんと視線がぶつかる。ため息を一つついたと思えば、私の手首をしっかりと掴むと、玄関へ向かって速足で歩き始めた。

「不死川さん。何も言わずにため息は傷つきます」
「あ?お前はつくづくバカな奴だなァ」
「どうせ馬鹿ですよ、可愛げもありません」
「勝手な事ばっか言ってんじゃねェ」

ずんずんと進みながら、手首を掴む手に力がこもるのが分かる。ちょっと痛いけど、そんなこと言ったら不死川さんが言いたいことを言う前に黙っちゃいそうで、何も言えなかった。でも、不死川さんにならちょっとくらい痛くされたって別に構いやしないのだけど。だって、好きなんです。好きな人の為だったら、多少の無理はしたって構わないんですよ。不死川さん、どうしたらこの好きな気持ちを貴方に分かってもらえるのかな。

「しなず、」
「俺はお前が好きなんだって何回も言っただろうが、馬鹿ばっか言うな阿呆がァ」

不死川さんがそう言い終わると同時に足を止めた。いきなり止まるもんだから、思い切り背中にぶつかった。咄嗟にごめんなさいと言って目線を上げると、目に入ったのは不死川さんの形のいい耳。

「……不死川さん、耳まで真っ赤」
「うるせェ」
「かわいい」
「うるせェって言ってんだ」
「好きです、実弥さん。私も大好きなんです。嫉妬しました、ごめんなさい」

顔が見たくて前に回ろうと思ったけど、実弥さんのが早く私を抱きしめた。顔は見えないけど、愛されてる事は抱きしめられた腕から十分に伝わってきた。ああ、大好きなだあ。このままずっと、抱きしめていられればいいのになあ。

馬鹿を云っちゃあいけないよ おまえを好きだと云っただろう

(20200119)


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