「最近、錆兎君から連絡あった?」
「私たち別れたの」

同期からの問いかけに、一瞬なんて答えようか悩んだ。
悩んだ結果出てきた言葉は頭で考えていたよりも鋭利なもので、酷く私の心に突き刺さった。
でも、今の私たちの関係にはこの言葉が一番しっくりきたのも事実だった。

「あ……ごめん。それじゃあ」
「うん、またね」

思わぬ言葉が返ってきたせいなのか、私の酷い笑顔のせいなのか。気まずい雰囲気になったこの場に耐え切れないと言わんばかりに、同期は逃げるように去っていった。

「錆兎はどうしてる」この一か月に何回聞かれただろう。そんな事、私が一番知りたいのに。
道端に転がったどうでもいい石ころをけ飛ばす。丸みを帯びたそれはころころと面白いくらいに転がって、三回蹴ったところで人にぶつかってどぶの中に落ちて行った。まるで私みたいだと思った。石ころがぶつかった人間は、まるで私を待ってましたかと言わんばかりの顔をして、慣れたように手を挙げて挨拶をした。

「なずな。元気だったか」
「宇随さん。お久しぶりです」

音柱である宇随天元は、大きな刀を背負って大きな体で地面に力強く立っていた。私は、すぐにでもこの地面に倒れこんでしまいたいくらいだから、羨ましかった。キラキラと装飾だけでなく本人も輝いている。まぶしい、思わず目を細めると宇随さんは笑った。眩しさに負けぬようしっかりと目を開けると、目が合った。柱になる人間はどいつもこいつも目がキラキラしている気がする。錆兎だってそうだ。義勇はちょっと違うかもしれないけど、でもやっぱり、私よりもキラキラと光っているような気がした。
そんな事を考えていると、宇随さんの大きな手が私のもやしみたいに細い手首を掴んだ。見た目通り大きくて、分厚い掌。錆兎とは違う、手のひら。

「ちょっと痩せたんじゃねえか」
「まあ最近、肥えましたから丁度いいんです」
「そうか。で、今日は錆兎と一緒じゃねぇのか?」

私の適当な誤魔化しをもっと適当に濁した宇随さんは、皆と同じように錆兎の事を聞いた。ああ、この人も同じかと少々落胆したがそれはそうだ。だってまだ、皆知らないんだ。空白の一か月を。

「ああ、私たち別れたんです」
「へぇー……ま、元気出せよ」
「ありがとうございます」

当たり障りのない会話。宇随さんに掴まれている手が震えだしそうで怖かった。錆兎の事を思い出す度に、体の芯から凍えていくような寒気がした。深く、暗い、水の底に居るような、冷たいものを感じた。
宇随さんが手首を掴んでくれていて良かった。これがなければ、私の体は震えだして止まらなかったかもしれない。
ぼうっとしていると、宇随さんが私の名前を呼んだ。慌てて返事をすると、宇随さんは優しく笑った。子供を見るような、憐れむような、とにかく優しい笑顔だった。

「まあなんだ。来世で会えるさ」
「……え?」
「ま、お互い首を長くして待ってろってことだ。じゃーなー」

掴まれた手首を離すと同時に、宇随さんは風のように居なくなった。
残されたのは宇随さんの言葉と手首に残るぬくもり。
来世で会える。私の聞き間違いではないだろう。そんな言葉が出てくるということは宇随さんは知っていたんだ。知っていて、知らないふりをしていた。
なんて人だ。掴まれていた手首をさする。錆兎とは違う。男の人の手。
錆兎が最期にここに触れたのは、いつだっただろう。

「錆兎」

呼んでも返事はない。一か月間、一度も返事はない。

「ねえ錆兎。聞こえてる?」

聞こえているか聞こえてないか。それは錆兎にしか分からない。
でも、聞こえていればいいなと私は何度でも錆兎へ問いかける。

「来世で会えるかな。絶対会えるよね。ねえ」

小さかった声はどんどんと大きくなって。隣を通った人が驚いたように私を見た。
何もないところへ大声を出す私は、きっと変人だろう。
変人だって構わない。錆兎に聞こえて入れば、なんだって構わないんだ。

「次はもう、別れましたなんて言わせないで」

一か月前。錆兎は死んだ。私の目の前で死んだ。
一か月前に私たちは別れた。別れるつもりなんてなかったのに、神様は私と彼を別れさせた。それはもう、残酷に。

恋人のまま、私と彼は離れ離れになってしまったから。
きっと来世で会えることを願って、私は錆兎を想い続けるよ。


便りあるかと聞かれる度に 別れましたと言うつらさ
(この世とあの世で別れました)


(20191227)


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