いつかまなざしの海

 画面に突如現れた文字を見て、景は眉間に皺を寄せた。

『今日から僕は旅に出るよ〜ん、しばらくおうち帰らないお!』

色からの連絡が少々おかしい。
いや、いつも『おねえたまはいつの日もかわいいですね』とか『今日のお姉ちゃんのパンツは何色?』とかわけわからないことを言っているので、そのくらいで景は驚きはしない。こんなやつと血が同じだなんて信じられない、と思うだけだ。
突拍子もないことを言い出すのはいつもの事だし、大したことではないだろうが、旅に出るとはまた不思議なことを言う。いつも『景ちゃんも一緒なら行く』と、常に景と行動を共にしてきている。大学院だってもとはといえば景が研究をしたいという意思があることを告げたことで彼も行くことを決めたのだ。それなのに、今になって自立するようになったということなのか?弟の成長なのか、景には理解しがたい事実だ。

『色、どこに行くの』

『毎日メールするねおねえたま!』

返事にはなっていない。
だが、きっと何か考えがあるんだろう。そう思うことにした景は、はじめに『なるべく早く帰ってきて』と入力した文字を消し、ただ『わかった』と返事をした。



「真下にいるなんて、景ちゃんは思いもしないんだろーなぁ」
色は上を見上げ、一人ごちる。上を見上げたって、ただの無機質な天井だ。でも、地上には大好きな、大切な、たった一人の姉がいる。彼女はここの存在を知る必要はない。いつまでも今の生活を送ってほしいから。
色は嘘をつくのが苦手だ。彼の嘘は彼女にはばれているかもしれない。色があんなことを言うなんて、彼女ならきっと様子がおかしいと気づいているんだろうと、彼は思う。名前を文面で呼ぶことなど、なかったことだ。それでも『わかった』とだけしか言わないなんて、やはり自分の姉は、と色は姉を誇りに感じていた。

景ちゃん、僕は君なしでこれから生きていけるだろうか?
そう思ったんだ。でもね。
君と連絡を取ることが出来るこの端末。
一緒にあけた、お揃いのピアス。
今朝結ってくれたお団子。
君と僕をつなぐものは沢山ある。大丈夫だよね。


収容されるなり、仕事をしろとの命令が下る。
「No.86」
色は静かに扉を開ける。
彼を待ち受けるそれは奇声を発し、部屋中に響き渡る。
明かりに照らされた奇妙な容姿。
顎のあたりに黒々とNo.86と番号が記された目立つ烙印。
色はそれが持つ、たった一つの眼を見た。

これが、これから付き合っていく研究対象。
そして、これからのパートナー。

「僕は色。これからよろしくね。はろちゃん。」




姉は弟を想い、弟は姉を想う
もう会えないということがわかっていても
会えるんじゃないか、と期待してしまうのだろうね



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -