言葉の魔法
「あなた、森丘緋吹でしょ?私杏あんず。よろしくね」
教室で隣の席に座った彼女は言った。何故私の名前を知っているのか。驚いて彼女の顔を見ると、満面の笑みでこちらを見ていた。私はさっと顔を背け、小さく「よ…よろしく」ということしかできなかった。
彼女はほんのちょっと変だと思う。なんで私なんかに話しかけてくれるんだろう。私は不思議でならない。私は人と話すことはおろか、目も合わせられない。見られることだって苦手なのだ。そのために前髪をおろしたりマスクをつけたりしている。そんな恰好だから気味悪がられてることくらい自覚している。それなのにこんな私と関わって一体何が楽しいというのだろう。
そんなことを悶々と考えながら図書館の蔵書を確認する。今日もちゃんといつも通りに整然と並ぶ図書達。その様をみると心が落ち着く。いちいちチェックをつけることもないのだけれど、私はなるべく人と話さずに済むように、一人でできる仕事を行うようにしている。
「森丘さん、こんにちは」
「こ、こんにちは、今日は何の本をお探しですか?」
「ああ、孫にね、絵本を読んであげたいのよ。おすすめとかあるかしら」
「そうですね…お孫さん、何歳くらいですか?」
それでも毎日のように訪れる常連の方には応対できるようになった。それは、ただ一人、私に話しかけ続ける人がいたからだ。
「緋吹、人魚姫ってどこにある?」
「あ、杏さん。ええと…向こうの棚にあるはずですが」
「ひゃっひゃっひゃっ杏さんって!しかもまだ敬語!あんずでよくってよ」
「…え、と…あ、あんず?」
「そうそう!」
いわれるままにそう呼んだ。彼女はにっこりと笑う。すこし気恥ずかしい。
やっぱり、彼女は変だ。私だって相当の変わり者だとは思うけれど。
「さあ緋吹、前髪あげてー、マスクとってー、これに着替えて今から出かけましょー!」
「またか!ちょ、え、ひゃあ!ちょっとあんずううう!」
あんずかかけてくれる言葉は、友達付き合いに慣れない私にはちょっとくすぐったい。でも、うれしいんだと思う。こんなに楽しい毎日が送れるとは思ってなかったから。だから、
これからも仲良くしてね、あんず。
もんたりあんさん宅あんずちゃんお借りしました
杏緋の始まりが書きたかったのです