暗殺 #春が恋



掴まれた腕の力強さに、ほんの少し驚くけど、俺は怯んだりしなかった。混乱はしていたけど、そうしたら負けたような気がして。
俺たちは学年トップを競い合った仲だった。浅野学秀という男はどこまでも手強かったけど、打ち勝つことができて、なんとなく打ち解けられたような気だってしていた。でも、別に特別仲が良くなったとかそんなことは決してないから、街中で出会ったって挨拶はしない。少なくとも俺は。
「…なに。」
強い口調で、暗に離せという態度を取ってみても、なんでか彼は離してくれなかった。頭がいいから気づくかと思ったのに。
「…また喧嘩してるんだろう。いい加減にしろ。退学になりたいのか。」
痛いところを突かれて思わず苦い顔をした。その通りではあるんだけど、コイツに言われて止まるわけがない。あっちがいいがかりをつけてきたんだから、俺は悪くないし。
「生徒会長さまにはカンケーないでしょ」
相変わらず俺たちは二人でいると険悪なムードになりやすい。いちいちむかつく言い方をしてくるコイツが悪い、と思う。俺は普通の態度を取っているつもりだ。
「関係ないわけあるか。いくぞ。」
「あっちょっ…!」
掴まれたままだった腕を引かれて身体が傾く。そのまま浅野くんが走り出すもんだから、走らずにはいられなくなって、不本意だけどついていく形になった。

なんでか俺のうちからだいぶ離れたところまで連れてこられたみたいだった。聞く気は無いけど、この豪華さはたぶん浅野くんちだろう。
興味が無いわけじゃなかったから、なんとなく家の中に入ったわけだけど、さっそく後悔している。こんな話をするくらいならさっさと手を振り解けばよかった。
ご立派な部屋に案内されて、どでかいベッドに腰掛けると、嫌そうな顔をされた。
でも、なぜだか浅野くんのすることはいつも反発しちゃったりとか、煽られたりとか、自分をコントロールできなくさせる。
「ほんっと、やめてよ。俺、まだあいつらに「小うるさいぞ、赤羽。何を言われたかは知らないが、君は少し短気すぎるんじゃないか?」
「ハァ?あんたはわっかんないだろうけど、あいつら俺のこと見て「男好きそう」とか「クソビッチ」とか言ってきたんだよ?ありえないっしょ。ぶん殴らないと気が済まないね」
ピリピリした空気が居心地を悪くする。でもそれは俺だけが感じていたことなのかもしれない。
シンと黙り込んでしまった浅野くんを見れば、眉をひそめながら顎に手を置き考え込んでいるようだった。なにこいつ。
「赤羽」
「なに、っ」
ドサ、と大げさな音を立てて、浅野くんがのしかかってきた。俺は受け身の態勢をうまく取れず、押しつぶされた。
「君は、もう少し自覚したほうがいい。僕にまで襲われるかもしれないよ」
随分と勝手なことを言って勝手なことをしてくれる。挑発だろうとわかっていたし、そんなことできるわけないと思ったし、なんだこいつ、面白い、とも思った。
「いいよ?やってみろよ、浅野クン。…ッン!」
まさか、本当にするなんて、夢にも思っていなかったんだ。だから、首筋に噛み付かれるみたいに吸い付かれて、俺の身体は大げさに跳ねた。
「後悔しても、知らないからな。」
ひ、と喉を鳴らした俺を浅野クンが薄く笑った。

どこでこんな知識を身につけたんだろう。俺はこういうことに興味がないわけでは決してないけど、面白おかしく観察する側に立つことが好きなんであって、実際、自分がするのは別に好きじゃない、というか、その機会があったとして、のらりくらりとかわしてきたくらいには苦手な分野だ。
キスくらいしかちゃんとしたことはないし、それもビッチ先生とだから、なんとなくみんなに合わせてしてただけ。それでも慣れてる、とか言われるから、うまかったんだろうけど。とにかく自分がするっていうことには興味ないから、知識も薄い。男同士なんて言ったらもっと興味ないから、ほぼ知識はない。入れる穴くらいしか、知らない。
この状況から察するに、俺は確実に入れられる側だろうけど、
(浅野クンがこんなになるなんて、超面白い)
この謎の好奇心には勝てなかった。
俺は浅野クンのことを何にも知らない。だからこそ、暴いて、あわよくばそれをネタにゆすってやろう、くらいのことを考えていた。
最初こそ、そんな風に余裕でいられたんだけど。



「あっ、ッ、あ、あぅ…あ、さのく、も、それ、やめっ」
何度もなんども出し入れされる浅野クンのそれが、あまりに固くて、熱くて、俺の中がぐずぐずになっても、何回イッても解放されないから、過ぎる快感にいよいよ涙が止まらなくなってきた。
「なんだ、堪え性がない、なっ」
そんなことを言ってくる浅野クンの顔が、涙で見えない。さっきまで見えていた浅野くんの顔は、何かを我慢するようにゆがんでいて、お綺麗な顔が紅潮し切って、何だか可愛くて、優越感を覚えていたっていうのに。
…もったいないな。
「あっ、あっ、ああっ、ッ」
ぎゅうう、と締め付けながら何度目かの絶頂に達した俺は、もう力を入れることもできなくなって、ただ浅野くんの動きに合わせて揺さぶられていた。
何度かゆさゆさ腰を振っていた浅野くんが、今までに見たことのないくらい(この時以外に見る機会もなかったけど)いやらしい顔で達した。ゴム越しにびくびく震えるそれは、俺にも付いているとは思えないくらい、凶悪なものに思えた。
「ひ
ずるん、と抜けたそれは、俺の腸液と潤滑剤で滑っていて、やっぱり怖い。

こうして俺たちはセックスをした。
これはセフレというのだろうか?なんていうバカなことを考えているけど、浅野くんはなんのつもりでここまでしたんだろうか。
ま、浅野くんのああいう顔が見れて、ほんのちょっと満足もしていたんだけど。

人間というのは欲深いもので、しばらく経ってしまうと、薄れていく記憶の中で、浅野のいやらしい顔がどんどん思考を邪魔してくるようになった。
半ばトチ狂った頭で、熱に浮いたドロドロの視界で見た、浅野の顔が忘れられなかった。
二回目はないと思っていた。でも、俺から誘った。自分でもかなり驚いているんだけど。
何度も言うけど、普段から別に仲良くないから、セックスするような関係になってもあんまり変わらない。
険悪な雰囲気が、濃霧に覆われて、頭がおかしくなっては、たまに浅野が噛み付くように口づけるくらいで、ラストスパートというところまではキスも、指を絡めることさえ、しない。別にそれでいい。甘い空気なんて真っ平御免だと、俺は思っているし、たぶん、浅野くんもそう。最初は疑うことなくそう思っていたのに、だんだん自信がなくなってきていて、でも、…そうでないと、困る。
なんでかなんて、浮いた頭じゃ、わかんないや。


浅野くんとするこの行為の意味もわからず、俺はどんどんセックスにのめり込んでいった。毎度毎度誘えばすぐに応えてくれる浅野くんも、たぶん同じなんだろう。だけど、女みたいに優しくされるなんてことはないのに、確かに俺は浅野くんの女みたいなもんで、それがなんとなく俺の心の中で重みを増してく。

自分だけが快感を拾っているわけじゃないってわかってるから安心したり、浅野が、浅野も気持ちよくなるようにって思ってることが、なんだかおかしいんだろうな、っていうことも、わかってるんだけど。
頭で思いえがく「浅野学秀と赤羽業」と違って行くのが、怖くなる。

友人でもクラスメイトでもなく、かといって知人というほど薄い関係でもない。大きな壁だった。それは多分、浅野くんも同じ。
ライバルっていうのが、一番しっくりくるけど、ライバルとセックスなんてしない、普通は。
どうしても、何かに当てはまって欲しかった。いま、俺の身体が誤認識しているものと違う何かに。


「う、ぁっ、あ、さ…のっ!ンンッ!!」
また、キスされてる。指を絡ませてくるから、俺は喜んでそれに応える。
この瞬間が、一番好きで、…嫌いだ。
浅野くんがあまりに俺の目をまっすぐ見て、瞳に俺が映ると、何度もなんども否定したことが、まるで現実みたいに思えてきて。
わからなくなる、俺の気持ち、浅野の気持ち。
艶やかな声が俺を呼ぶ。縋るようになんども俺の名を、呼ぶ。

まるで、恋人同士みたいじゃないか。

でも違う。俺と浅野くんはそんな関係じゃない。言い合いの末、こうなっただけ。なんどもそれを繰り返すうち、俺が本気になっただけ。
チカチカと視界が白んでいく。わけがわからなくて。
現実も、夢も、俺の気持ちも、浅野との関係も。
くるしかった。
「も、つらい、あ、さの…ッもう、やめよう」
快感の波がその瞬間スッと止んで、熱が急激に冷めていく。体はジンジンと熱いくせに、深い、芯が冷え切って、そんなことを感じているうちに浅野の動きも止まった。
あかばね、…、そうか」
泣きそうに歪んだ顔を見た瞬間、期待が生まれて、その言葉に生まれた期待が死んでいく。ツン、と鼻先が痛んで、涙が出そうだった。
「やめよう。こんなこと。」
俺たちはまた、ライバルという曖昧な関係に戻った。

どうでもいいことじゃないか。こんなの、悩んだって仕方ないことじゃないか。あっちは元に戻る。俺の気持ちなんか知らないで、置いてけぼりのまま、関係も元に戻った。体をつなげることもなくなった。
ほんとうは、こっちの方がよっぽど正しいじゃないか。


彼の、恋人になれる日なんてきやしない。
そんなことを思うことが、そもそも間違っている。そんなことを思ってしまうのは、あんなことをしてたからってだけで、きっかけも曖昧なのに、すっかり俺は浅野くんと心までつなげた気でいた。
あいつの好きなものも、誕生日も、嫌いなものも、家は知ってるけど、ヤらなきゃそれも多分知らなかった。
勝手にこうやって好きになって、勝手に失恋して。ほんと、バカみたいだ。

引きずられてるのかな、ここ最近の暗殺は、無様なほどボロボロだ。





きっかけはどうあれ二度目はあちらからだったせいで、僕はすっかりいい気になっていた。だから、赤羽の本心なんて、探ることをしなかった。
拒否されたのだって、それはもうショックだったけれど、当たり前だと思ったし、そもそも始まったことが奇跡だったんだと、すぐに気持ちの整理はついた。

僕は赤羽業が好きだった。
僕と対等に渡り合える人間が少ないせいで、脳が誤作動を起こしたんだと思っていたんだが、どうやらそれは間違っていたようだった。
だけど、同性同士で何かしらの関係になることはほぼないだろうから、(特に赤羽となんて、絶対に無理だ)いつしか赤羽のことを諦められる日まで、隠しておこうと決めていた想いだった。
それが壊れたのは、あの目立つ赤い髪が街頭でせわしなく動いているのを見つけて、あろうことか男にいやらしい目で見られているというのを知った時だった。
嫌悪感をむき出しにしていた赤羽だったが、喧嘩に負けて『そういうこと』をさせられるかもしれないと思ってしまえば、どうしようもない思いに駆られた。
というか、家までのこのこついてきた上にベッドに腰掛けたりするからいけない。そんな無防備では、本当に誰かに襲われる、と気が気じゃなくなって、気がついたら押し倒していた。
「いいよ?やってみろよ、浅野クン」
なんていうのは挑発だと気づいていたけど、これを逃したらおしまいだとわかっていたから、止められなかった。嫌われたって、かまわないと思った。
だから、二度三度と繰り返すうち、僕はすっかり彼に好かれていると思い始めてしまった。
すり寄ってくることこそなかったし、最中に恋人らしいことなんて、僕からしかしていないにもかかわらず、だ。
頭が沸いているとしか言いようがないけど、自惚れるのも仕方ないことだと思う。
「あ、さの…ッもう、やめよう」
涙で濡れているのに、まっすぐな瞳とかちあって、僕はとんでもない思い違いをしたと理解した。
すぐには言葉が出てこなかったが、平常を装ったことばが、数拍おくことでするんと出て、僕らの関係は終わりを告げた。
あっちの表情なんて、見れたもんじゃなかった。



見たくもないのに、赤い頭を見かけると、目で追ってしまう。
本校舎に来ることは滅多にないし、あんな髪色の生徒はいないために校内では問題なく普通でいられる。だけど、街に出てみるとだめだった。
赤い髪を見かけて、それが赤羽であると気づいた瞬間、僕は顔を覆った。
それだけで涙が出そうだったから。
赤羽が視線に気づいて振り向くと、自然目が合うわけで、すっとそらされることを予想していた僕は、そのまま見つめ合っていることが現実であると思えなかった。
赤羽はぎゅ、と唇を噛み締めてこちらを恨めしそうに見つめている。
そんな目で見られると、後悔の念が期待を潰し、殺してくる。
つかつかと寄ってくる奴が何を考えているのかなんていうのは、やっぱり理解できなかった。
「あかば、」
「お前が、」
睨みつけるのはやめずに、一言ずつ、言葉を紡いでいく彼に、僕は何を言われるのかって、何パターンも作っては、傷つく準備をしていた。
「わからない」
「なんども考えたけど、どんどん、」
「おれの、都合のいいように考えてくようになって、」
「でも、そんなわけ、ないし、おれだけ好きなんて、ムカつくから、おれが、」
「絶対」
「お前を振り向かせてやるから」
僕はなんと答えればいいかわからず、『そうか』というしかなかった。
僕は、赤羽に振り向かせられるようだ。
いつ種明かしをしてやればいいんだろう?



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