暗殺 #止まった針、



 僕たちが笑いあうことは、もうないんだろうか、なんていうことを時々思う。
僕らがあれからいわゆる平穏を取り戻すまでに、どれだけの時間がかかったのか、カルマにいたっては未だに戻っていないわけで、あの頃でさえ、笑顔が生まれるまでにああまで時間がかかったっていうのに、今、また笑えるのかなんていうことを、僕は。こんな提案をしておいて今更、後悔しているんだ。


あれから、
夏、じわじわと汗がにじみ出るくらいの暑さの中、異常なほど汗を滴らせてする行為に耽る。
荒い息と熱気が部屋中に充満して、クラクラ酸欠を起こしそうだ。渚は額の汗をぬぐって、こっちを見もしないで腰を振り続ける。ひどい話だけど、理性なんてものは、とうに無くなっているから仕方ない。
どうにでもなれ、もう。
ぼんやりと窓の外に目をやりながら、どうしてこうなったのかとか、何やってるんだろうとか、意味もないことを考えている。
俺はどこまでもこの行為に溺れているわけだけど、この行為が好きってわけでは、実は無かったりする。
ただ、この溺れている瞬間だけは、楽だから好きで、気持ちいいから好きで、だけどどうしようもなく、嫌いだ。
渚は俺にこうすべき相手じゃない。俺は、渚にこうされる相手じゃないはずだ。こうなっちゃ、いけなかった。
でも、こんな物悲しいセックスでも、ないよりかは全然マシだった。
止まらない欲求と、思いと、性欲と、寂しさを紛らわすために俺たちは、互いに協力しあっているというだけで。
悲しい話だけど、何度でも言おう。もう、どうだっていいんだ。
もう、どうにもならないことだから。

俺は殺せんせーが好きだった。
超生物。化け物。そして我らの先生。
ちょっとドジで、怒ると超怖くて、手入れ好きで、生徒みんなを想っていた。超頼りになる先生。
死神と呼ばれるほど人を殺してきたとか、なんとかっていうのは、俺にとって大した問題じゃなかった。
俺にとって先生は神様だった。

俺たちが殺したことに後悔なんて何一つすることはなくて、だけど、どうしたって遣る瀬無い気持ちにさせられる出来事だった。
俺が殺せんせーとなぜああなったのかも、わかんないんだけど。

渚が俺にとっての慰み者となってくれたのが、高校一年の話。
何を思ってこんなことをしているのかなんていうのは、もう俺たちにすらわかりゃしない。
毎度泣きそうになりながら俺の名前を呼んで、好きだと言われても、どうにもならないんだから。この気持ちは、いつまでも。
決別なんて一生できないよ。
俺がいくら忘れようとしたって、いや、忘れよう忘れようとするからこそ、あの時の、あの一年間の記憶は鮮明になる。
みんなが昇華する中、俺だけその思い出がドロドロと薄汚れたものになっていくっていうのが、どうしても、そう、どうしたって、悲しい。
渚、教えてくれないかな。人ってどうして人を好きになるんだろう?

こんな思いするくらいなら、いっそ。


相変わらず僕たちはこの曖昧な関係を続けているわけで、それをカルマが良しとしていないことも、ほんとうはもうとっくに理解している。頭が悪いふり、あるいは分からず屋のふりをして、僕はあまりにむごいことを彼にしている。
なんてことをしてくれたんだって、いつか誰かさんに糾弾されたって仕方ないかな、と思うほどに。


カルマは殺せんせーの事が異常なくらい好きだった。
僕だってもちろん好きだ。かけがえのない時間を共にして、僕の人生の中でここまで親身になってくれた人なんていなかった。
だけど、カルマのそれとは全く違う感情であって、決して殺せんせーを恋愛感情で見ていたわけじゃない。
カルマがそんな風に思っているんだということを、僕はかなり後になってから知った。そして、彼自身が沢山の過ちに気づいた頃にはもう遅かったんだろうと悟った。
殺せんせーがその想いに応えてくれていたんだという事も、なんとなく。

実際、行為中になんとなくその残り香を感じることが未だにある。
彼にとってその行為が何を意味したのかはさっぱりわからない。僕にしてみれば、カルマを掻っ攫った上に、永遠に縛り付けたことを、こうなるとわかっていたんだろう?と時々憤りを感じたりするのだけれど。
なんでこんなことをしたんだろう。なんていうのは神のみぞ知るに他ならず、僕らが知る由も無い。

「渚…もう、」
「ごめんね、カルマ」
ほんとうに、ごめん。
僕は優しく無いから、君の想いを利用して、傷を癒す暇も与えてやれない。殺せんせーが負わせた傷をえぐって、塩を塗りたくっているんだ。
涙を見せたことが無い彼がどれだけの傷を負ったのか、全てを見る勇気も無いままに。
『やめよう』
と、何度もなんども言われた。
重ねるたびに殺せんせーの匂いが薄れていくのが怖いのかもしれない。行為のたびに『僕』を塗りたくられるのが辛いのかもしれない。
僕はにっこり笑って、『だいじょうぶ』なんて、カルマにとってはなにも大丈夫じゃ無いっていうのに言うんだ。
僕の都合で僕は動く。僕はカルマを手にするまでこうして、彼らの思い出を汚していくんだ。


「あ゛!い、ツぅ…な、ぎさ、」
多分、こんな風に乱暴にされたことが無いんだろうな、とか、殺せんせーはこういうとき、どうしてあげたんだろう、とか、僕だって殺せんせーに未だ縛られてるわけで、それが僕を苛立たせる。
ぐりっとかき回すように突き入れた指を動かせば、引きつった声を上げながらまたかわいそうなくらい甲高い声で泣くカルマに、僕は一人、苛立ちを募らせていく。
一度だってカルマは最中に殺せんせーの名を呼ぶことはなかった。今までに一度も。だというのに、その瞳に僕は映りはしなくて。
ずっと、ずうっと殺せんせーのもので。カルマはいつになっても僕のものになんかならない。
(くそっ、くそっ!)

この怒りをどこにもぶつけられない。
ぶつけるべき相手なんて、いない。


俺は常々考える。
今ここで死んじゃったら、殺せんせーはどう思うだろう。殺せんせーによって色を取り戻してきたこの世界に愛着がないわけじゃない。生活は張り合いがあるけど、先生。
先生がいないと、なんか違うんだって。張本人がいなくてどーすんのさ。

日に日に思いが増してく。




「渚、自殺しよっか」
なんて、笑顔で。



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