Free! #ハルちゃん



気が遠くなりそうなほどに息が苦しい。
このままでは流されてしまう、快感にも、この男の感情にも。
耳を犯す水音に、滴り落ちる不愉快な汗に、もとよりないも同然の余裕が吸い取られていく。
(もう、狂ってしまいそうだ)
…いや、きっと既に狂っていた。
でなければこんな風に、身体を預けたりはしない。見ず知らずの人間なんかに。
見知った人間どころか、好意を寄せている人間にさえ、こんな場所を暴かれた事はなかったのだ。この行動だって、頭がおかしくなったからこそ起こした。
(受け入れているという事実は、何よりも雄弁に心情を語っていたから)
このまま死んでしまおうと思ったほどに嫌悪するような行為だったが、きっと、これがなかったら、真琴は遙を、…何よりも大切な人を、傷つけてしまうから。
それだけは、この身が削られても、立ち直れないほどに傷ついても、それ以上はないというほどに嫌だった。
嫌というより、怖かった。
そんなのは、真琴の思い込みだとしても。
真琴はバカみたいに人に優しい。もはや悪癖のレベルで。
自覚がないから質が悪く、治せと言っても理解できていなければ意味がない。
『ハルちゃんは優しいから、』
そんな事をいわれるたびに、否定はしているが、真琴は遙が謙遜をしていると 言い、信じようとは決してしない。
だから、どんなに遙が真琴を思っているのかも、知らない。
いや、知ろうとしない。
認める事が、怖いのだ。
雲の上の存在と化した遙を、穢してしまう。それは真琴には耐えられなかった。
けれど想いは募るし、行き場のない欲求も溜まりに溜まっていく。
そんなときに、真琴を襲ったのは、強制的な快感だった。
見ず知らずの男によって侵された未墾の地は、最初からそれだけの為にあったのではないかというほどにあっさりと男に暴かれ、高められていく。
悔しいと思う事もなかった。
悲しいと思う事もなかった。
ただ、怖くなった。
こんな行為で、犯しているのは顔も名前も知らない男で、それなのに、思い浮かべてしまったのは遙の顔で。
こんな浅ましい自分が遙のそばに居ていいのだろうか?
いつか、あの遙までもを、浸食してしまうのではないか、と。
身も心も汚れきってしまった自分なんかはどうでもよかった。
ただ、ひたすらに。
この想いを遙に知られてはいけないと、思った。
そう思うのに、理性ははぎ取られ、快感に溺れる頭はもう何も考えられなかった。
「あ、う…っ…ふ、ハル、ちゃ、」
どんなに我慢しても、堪え性のない真琴の口は遙の名を呼んでしまう。
縋るように男の腕をつかんで、蕩けた顔で、ただ、ひたすら、遙の名を、呼んだ。
「…っ、」
こんな行為に、意味がないとは男も気付いていた。
真琴は何があっても、遥かに捕われ、遙を想い、遙の為だけに行動しているのだから。
…男のものになど、決してなりはしない。
すべてが終わっても、真琴は呆然とへたり込んでいて、男の方など見もしなかったし、うわ言のようにハル、ハル、と唇を動かしていた。
(その声はかすれて聞き取れなかった)
そんな彼にしたのは、まぎれもない男自身で。
その事実に、薄暗い感情が燻られたのは、多分もう、仕方のない事で。
「ごめんね、真琴くん」
カチャリと小さな金属音を立てて、真琴の首に首輪が嵌ったのは、多分、その瞬間。


何故こんなにも従順に行為を受け入れているのかといえば、このままずっとここに繋がれていれば、この、醜く熟れた身体も、薄汚い感情も、遙に届かないからだろう。
どれだけ悲痛に遙の名前を呼んでも、好きだと泣きわめいても、快感に溺れても。
遙には。
(ハル、遙には、分からないだろ…?)
「ハル、ハル…っうぁあ、ハルぅ…すき、すき…ずっと、好き、ぃ…あは、は、…っう…」
ぼろぼろに泣いて、泣いて。
いつか遙への感情が、消え去ればいい。
そんな事を、男も、真琴自身も、望んでいた、なんて。

おかしい。



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