Free! #過ちには気づいているの



おれは誰にも理解されず、悲しみ、喜んでいる。
それをわかってくれるのは、いつだって真琴だけだった。
遙の代わりに泣いて、よく笑う。いつだってそうだ、上手に感情を表せない遙の代わりにと、『真琴』は感情豊かに育った。いや、これからも育っていくんだ。


1日目。
こぽこぽと水泡の音が響く研究室。やがて水音が消え、『真琴』はゆっくりと目を覚ました。
「おれは七瀬遙だ。お前は橘真琴」
「はるか、ハルちゃん?ん??」
「ちゃん付けはやめろ」
ごめんなさい。そういって、真琴はヘラリと笑った。あの日の笑顔と同じだった。いつだって真琴の笑みは遙を癒してくれる。きっと上手くいく。そう、思った。
「ごめんなさい。はるか?はる?おれは、まこと?」
ああ、なんて愛おしいんだろう。
今すぐにでも抱きしめてやりたい。
だけれども、それはまだできない。この『真琴』が本当の真琴になった時、おれはきちんと伝えたいんだ。お前が好きだったと。
「ああ、おれはハル、お前は真琴。覚えたか?」
「はる、ハル。うん。」
たどたどしい口調の『真琴』はまだ、おれのことをあまり知らない。
…いや、何も知らない。ただの人形だ。
「これはなあに?」
「鯖だ。魚類。お前も食える食料だけど、お前には向いてないかもな」
『真琴』は充電式だ。
もちろん食事もするし排泄もするけれど、基本的には何も食べないのがベスト。
「ふぅん」
『真琴』は興味深そうに鯖を見つめていた。
その目はあの目とは違っていて、少し切なくなった。

「暗くなった…」
「夜だ。そろそろ寝よう」
一人の寝台は寂しいから、『真琴』には睡眠の機能をつけた。
寝息が聞こえるのはひどく心地よかった。そばにある温もりに安心することができた。…それが人でなくても、真琴ではなくても。

すぅすぅと寝息が聞こえる。おれは真琴のメンテナンス、そしてどれだけ成長したのかをチェックした。

今日一日でずいぶんたくさんのことを学んだ『真琴』はそれでもまだ真琴とは程遠い存在だった。
見た目だけが真琴で、中身がただの幼児のようだ。
毎日、どれだけのことを教えればいいのだろう。どれだけの時間を共に過ごせばいいのだろう。
おれが死ぬまでに間に合うだろうか。
そんな不安がよぎった。


7日目。

『真琴』はおれが揺り起こしてもなかなか起きなかった。「そういう設定」にしたのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
真琴は朝に弱かった。それを再現したかった。
「まこと、まこと」
「ん…はる…もうちょっと、寝かせて」
体温を共有した次の日みたいに『真琴』は眠い、眠いと頭を振った。
少し強く設定しすぎたな、と後悔したので、今日のメンテナンスの際、調節しようと思った。
「ハル、また鯖?」
(あ、)
少し、『真琴』が真琴に近づいた。そんな気がする。
『真琴』には学習機能が付いている。それはアンドロイドとしては当たり前のことなのだが、あっという間に真琴に近づいていく『真琴』に、おれはほくそ笑んだ。
起き上がって一週間にしては上々の出来だ。
潰えた時間の分、結果は実っていく。真琴は必ず帰ってくる。
「は?」
しょうがないなあ、と『真琴』はおれのご飯を茶碗によそい始めた。
「食べるんでしょう?」
長考していたおれに、ついに耐えきれなくなったようなのだ。
『真琴』は自分がご飯を食べれないということに大した不満や不便さを感じていないようだった。むしろおれと長く話せるから、と、喜んでいる節がある。
「ハル、今日はおれが鯖の味噌煮、作ってあげる」
これもデータに入れてある。『真琴』は必ず塩と砂糖を間違えて、あの日の真琴のようにおれに泣きついてくる。
蘭も蓮もいないけれど。そこは御都合主義で別の理由に置き換えてある。抜かりはない。


ああ、早く真琴に会いたい。


一ヶ月目。

「ハル…。」
柔和な微笑みが、あの日とリンクする。
あの日の結末を、俺にとって都合のいい方向にすげ替える時がやってきた。
『真琴』は立派な真琴に育った。
垂れ下がった八の字眉も、少し怖がりなところも、朝に弱いところも、…おれのことを一番に考えてくれているということも。
…最後の項目はおれの願望である。
橘真琴が本当におれのことを好きだったという事実や証拠は残っていない。
けれど、互いが互いを求め合う仲だったのだ。
きっと、きっと真琴だって、おれのことが好きなはずだった。

あの日、病に冒されなければ、きっといつまでも寄り添って入られたのに。


最近笑ったっけか、泣いたっけか。
感情を押し殺していたわけじゃない。俺はそんなに器用ではない。
だけれども、感情が勝手に死んでいくんだ。
そんな風にして、おれは無気力な人間になった。
そこで救いの手を差し伸べてくれたのが、人体研究をしていた怜だった。
【アンドロイド、という存在を知っていますか?】
決して死なない。自分の好きなようにカスタマイズできる、そんな玩具。
あまりに感情を出さなくなったおれに、最終手段にと、禁忌の研究結果を渡してくれたのが怜だったのだ。


「ハル、ハルちゃん。俺ね、ハルが好きだよ!」
『真琴』は今日も元気に笑ってくれる。
「ああ、俺も。本当に、ほんとうにすきだ。」
愛してるんだ。
「はる、ちゃん?」
「真琴、お前を抱きたい」
『真琴』は照れくさそうに、「いいよ」とうつむきながらそう言った。


真琴と体温を分け合った回数は、そう多くない。
いつだって真琴は苦しそうだった。
だから、『真琴』には痛みを与えないようにと、感度を最大限に引き上げてある。
痛みは極限まで少なく。
真琴にできなかったことを、『真琴』にしてやりたいんだ、なんて、エゴだろうか。


ちゅ、と軽いリップノイズが聞こえる。
バードキスからフレンチキスへの移行は早かった。
『真琴』にそう言ったテクニックは一切教えていないし、システムに組み込んでもいない。
口腔内を舌べろで刺激しながら普段二人が寝ている、二人乗るには少し心もとないベッドに『真琴』を押し倒した。
とろん、ととろけた顔は、大昔、真琴が生きていた頃の【あの】顔そのもので、笑みがこぼれる。
「かわいい」
「ッ…」
『真琴』は恥ずかしそうに、いやいやと頭を振った。
きっとキスだけでも相当の快感が襲っているのだろう。『真琴』の下肢は、既にこんもりと勃ち上がっていた。
「なんだ。キス、そんなに良かったか?まこと」
ん、ん、とこくこく頭を上下に振る『真琴』は、早く触ってくれと言わんばかりにおれの腕にすがりついた。そうして行為は進み、気がつけば、朝を迎えていた。

朝が来て、すやすやと眠る『真琴』を見て、ふと我に帰る瞬間がある。


おれだって本当はわかっている。『真琴』が真琴にならないことも、過ぎた時間は取り戻せないことも。こんな禁忌を冒してまで真琴を蘇らせることなんて、真琴は望んでいないってことも、何もかもわかってる。
それでもおれは、やめられない。
『真琴』が本物の真琴でなくても、愛しい真琴の姿で、愛しいあの笑みで、愛しさを押し付けられれば、それでいい。
なんて。
自分勝手なんだ、おれは。
それでも、止まらなかった。
狂った時計は動き出した。
文字盤を歪めたまま。




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