Free! #恋人≠ライバル



「なあ、いまどんな気分だ?」
「なんだも何もあるか!離せッ!ぅあッ」
 宗介に組み敷かれた遙は、弱々しい抵抗をし、這い寄る厭らしい手つきの腕を振り払った。宗介は嫌そうな顔をし、まるでゴミを見るような冷たい目で、「ど、ん、な、気分だ、って聞いてんだよ」と遙の腕を締め上げるように握りしめた。それは、憎しみがこもったものだった。
 
遙と凛は仲が良い、の度を通り越し、恋人同士だった。それは誰もが知っていることではないし、知っているのはせいぜい真琴くらいだったのだから、それだけ二人が世間体やら、なんやらを気にしていたのは間違いない。
 隠しているとはいえ、目に見える部分ではただの仲の良い、いいライバルといったポジションを壊したりは決してしていなかった。その中に含まれる、ほんの僅かな他者との違いに、宗介が気付くなんて、これっぽっちっも考えていなかったのだ。


 宗介は凛を異常なほど気にかけている。それはもう恋慕を抱いているようにしかみえないくらい。本人にもその自覚はあった。
東京から岩鳶に戻ってきたときの遙へのアクションや、「凛と泳ぎたい」がために肩の故障を黙っているくらいなのだから、自分でも笑ってしまうほど、「恋してんだなあ、」と思っていた。
 叶わないとは思っていたけれど、宗介は凛の一番の友人で居たかった。凛に上を向いてもらうために。こうしていれば…ほんの少し、いつか叶うんじゃないか、と思いながら。
叶わない、と決めつけたのは、自分が同性であることだけだった。過ごした時間はいつだって本気でぶつかったり、笑ったりしていたから。男女の恋愛ならばそのままズルズルと付き合うだろう、と思ったりもした。
 それがなんだ。
凛が纏う遙の残り香。遙が時折優しい笑顔を見せるようになったのは知っていたけれど、よくよく観察していけば凛に頻繁に向けられている気がする。【付き合っている】ハタリ、と勘付いてしまった。
「凛」
「おー宗介、お前も便所か?」
能天気なところは相変わらず残っている。というか、気の置けない友人ならそりゃあそうか、とは思うが。
「お前、七瀬と付き合ってんのか」
沈黙、のち。
「…ッ気持ち、悪いか?」
恐る恐るといった様子だった。
「…ばーか、気持ち悪くなんてねえよ。」
思った通りの回答にめまいがした。腸が煮えくり返りそうだった。
(気持ち悪くない、けど歓迎なんて、絶対にしない)
遙を許さない。親でも殺されたんじゃないかというくらいの怒りだった。…その結果。
-七瀬遙を立ち直れなくなるまで痛めつけてやる-
怒りによって思考がかなり吹っ飛んでいる宗介は、なぜかそんなことを考えてしまう。
 まだ話し足りないという表情の凛の顔を見ないふりして踵を返し、門限ギリギリだったが外泊許可をもらい、前に一度訪れたことのある遙の家へ急いだ。

 冷静に考えなくても、今の宗介はおかしい。その自覚は十二分にあった。けれど、気持ちが先行してどうしようもなくて。田舎の終電は早いが、急いだおかげでギリギリ間に合ってしまったものだから、とまらなくなった。これで終電を逃してしまっていれば、頭を冷やすこともできたのだろうが。それは不幸なことに叶わなかった。

 遙の家はぽつん、と一部屋だけ明かりが灯っていた。さすがにこの時間では一人なのだろう。真琴もいるかもしれない、と考えたが、入ってみないとわからない。玄関の鍵は相変わらず開いていて、さすがに馬鹿じゃないのかと苦笑する。…苦笑、というよりかは、ひどく悪い顔をしているということは、宗介にはわからなかった。
ずけずけと不法侵入し、灯りのついていた部屋へ向かう。二階だったから、きっと遙の自室だろうと推測しながら。

「おい、七瀬」
「…?!な、んだおまえ…」
 突然の訪問者に、遙はひどく驚いた顔をした。そして、思い出したように「勝手に入ってくるな、帰れ」と少し弱い口調でいった。
「帰れはないだろ帰れは、もう終電ないのに俺を野放しにする気か?」
妙に馴れ馴れしい宗介に訝しげな視線を送っていた遙だったが、もとよりなんとなく面倒ごとを請け負ってしまう質なのか、仕方なさそうに、「…下行くぞ。布団敷いてやるから」と、宗介がこの家に居座ることを容認してしまった。
「いいや、布団は要らねえ」
「は?いや、必要だ、」
 「ろ」という前に遙はベッドから起き上がろうとしていたところだったから、そのまま抑えこんで腕を力一杯強く頭の上で拘束する。周りを見渡すと、脱いだ後ハンガーにかけていたのが落ちたのであろうネクタイを発見したので、それで強く縛り付けた。
「やまざき、なに、して…」
「お前ってほんと馬鹿だな。なんで俺がこんな時間にこんな場所に来たと思う?再開したときのこともう忘れたのか?」
するん、とスウェットに手をかけ、肌を露出させていく。抵抗したいのだろうが、宗介に力で勝とうには、遙の体躯では無理がある。
「おまえ、やめろ!」
やめろやめろとわめくものだから、黙らせるために、そして二度と凛に近寄らせない為に、決定的な言葉を投げかける。
「おまえ、凛と付き合ってんだろ?」
既視感を覚えるような、沈黙、のち。
「なんで…知って…」
呆然、若しくは絶望といった表情の遙を見ていると、どうにも優越と、それよりも強い怒りを覚えてしまう。
「おまえが抱かれてるのか、抱いてるのかは知らねえけど、凛とは別れろ。凛のためにならない」
--溜まってるだけなら、俺が発散させてやるよ

 この世の終わりを見ているかのような遙の顔に、今度は間違いなく失笑した。「凛とそういうことしてんだろ、どうせ」
「…」
遙は答えられないでいた。イエスかノーかで言われればイエスであるが、それを答えたらさらに激昂するとわかっていたからだ。
だが、沈黙=肯定と、宗介は見抜き、怒りをなお一層あらわにした。
「犯してやる。おまえが嫌だって言っても、泣き叫んでも、やめねえ」
ひ、と、引きつった声を遙が出したことは、宗介にはわからなかった。

 腕を拘束されていることと、ショックが大きかったことで、遙は抵抗らしい抵抗ができなかった。ぺろん、とスウェットを捲り上げると、熟れたすこし薄い色の乳首が存在を主張している。ピンっと弾いたところ、甲高い喘ぎ声をあげたから、きっと、というかやはり、遙は抱かれる側だったのだな、と理解した。
「なあ、いまどんな気分だ?」
「なんだも何もあるか!離せッ!ぅあッ」
 宗介に組み敷かれた遙は、弱々しい抵抗をし、這い寄る厭らしい手つきの腕を振り払った。宗介は嫌そうな顔をし、まるでゴミを見るような冷たい目で、「ど、ん、な、気分だ、って聞いてんだよ」と遙の腕を締め上げるように握りしめた。それは、憎しみがこもったものだった。
「ぅ、あ…」
恐怖で体が竦む。そんな遙に焦れたのか、宗介は、自分の思いを口にした。
「俺は凛が好きだ。でもかなわないって思ってた。男同士だから。なのに、お前はその壁を容易く飛び越えていった…!俺の気持ちがお前にはわかるか!!!」
『容易くなんかじゃない!』と言いたかった。でも、言えなかった。宗介がかわいそうだと思った。このまま自分が耐えていれば宗介が落ち着くというなら、それでもいい、と思うくらいには。
「お前も、俺も、同じだ。告げることができたかできなかったかの違いはある。だけど、凛は自ら俺を選んだ。それだけのことだ。お前には絶対凛を渡したりしない。でも…凛の一番の親友は、山崎、お前だろ?」
「ッ!七瀬…」
この言葉で正解なのかもわからない。口下手な遙なりの精一杯の慰めだった。…心から、凛の親友は宗介しかいない、というのは、本当にそう思うから。
パタリ、と宗介の手が止まる。抵抗がなくなり、ネクタイも容易く解くことができた。(先ほどまでは恐怖で力が弱くなっていたんだろう)
「…悪ぃ。俺、どうかしてた。殴ってくれ。冷静になりたい」
身を整えた遙はこの面倒な男に呆れる羽目になった。
「殴れるわけないだろ…凛にやってもらえ」
「凛なら遠慮なく殴ってくれそうだ」
「おまえと凛は、いつも殴り合いなんてするのか?」
「するさ。七瀬とはしなそうだな。恋人関係なく。」
      
         …

結局、主に宗介と遙がそれぞれもっている凛との思い出話に熱が入り、徹夜してしまった。

「もう、大丈夫か?」
「ああ、ほんと悪かった。凛に殴られてくるよ。…七瀬は本当に優しすぎるな。」
「は?」
 身支度を軽く整えて、遙と宗介は駅までの道を歩く。連絡はしたから、きっと凛が待っている。
誰かが待っている。親友が待っている。遙の慰めのおかげで、宗介は思いとどまることができた。なのに遙は、何もしていないというような口ぶりだったから、
「お前は不器用すぎだ。俺も人のことは言えないが。」

「凛と末長く幸せになれよ。」
こう、心から思うことができた。
「あ、ああ…」

 その後。
宗介は駅で合流した凛にその場で謝り、遙が止めたにも関わらず殴った-周りに人がいなくてよかったと思った-。
 遙は現実味のなさを感じながらも、(そうか、俺たち、いま幸せなんだな)と考えていた。
「おまえ!ハルになにしようと「凛。」「ああ?!」「俺はいいって言ってるだろ。「でもよう…」「凛、好きだ。今までも、これからも、ずっと、」
「ハル…!」
「わからせてくれたんだ。親友なんかじゃ足りないんだ。俺は凛とキスしたいし、セックスがしたいんだってこと。」
「あーはいはい。俺は先に寮に戻ってるから、お二人さんはよろしくどーぞ。後でもっときつく殴ってくれていいぞ。じゃな、七瀬。ありがとう」
「んなッ?!…まじかよ…」

 照れ臭さを感じながらも、遙は来た道を、今度は凛と歩いている。道は変わらないのに、なんだか世界がきらめいて見えるから、なるほどこれが恋か、とひとり、宗介との一件を思い返しながら考える。触られた時、全然違った。そりゃ体は慣れきっているから快感を拾っても、心がずっと拒否していたから、気持ちいいなんてひとかけらも思わなかった。
「凛、帰ったら、せっくす、しよう」
「は、ハル?!あ、あーーー、くそ…はじめてだなお前からそんなこと言ってくるの…くそー…勃った」
言い慣れていない「せっくす」という拙い声に、少しを赤らめながら凛の方を見つめる遙に、駆り立てられたのは確かな性欲だった。

「はやく、かえろう」




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