Free! #あなたを海に還せない



発作の間隔がどんどんと短くなっていた。このままでは本当に遙への想いが爆発する。それが怖くて。近頃は終わった後の後悔よりも、いつくるか分からない波に怯え、もう後悔してもいい、そう思いながら、何度も何度も男と逢った。
セックスがしたかった。
孕む事のない腹でも、何度も注がれればいつかは…なんて思っていた。
女になれれば、遙に想いを伝えられる。そんな幻想を抱いていた。
この逢瀬のようなものが、遙にバレるなんて、考えもしなくて。
何度か連続で男と逢った。
最後にはいつも、こうだった。
「おじさん、ごめんね。やっぱりおれ、女の子になんてなれなかった。ここにね、海なんてないんだ…還れないんだ、誰も…ハル、も、」
注ぎ込まれたものがたまっている腹に手を添えながらそんな事を言っても、男は困るだけだったけれど。
「…じゃあ、またね」
だんだんと異常性に気付き始めても、男だって止まりゃしなかった。



「…なんでだよ…真琴…」
とっとと眠りたい。いや、夢である筈だから早く起きてこの悪夢から解放されたい。
そう思うのに、どうやっても目を覚ます事はできなくて。本当は分かってて。
これは夢じゃない。現実。眠れないのは、鮮明におぼえているのは、きっと悔しいからだ。こんな真琴を知らなかった事も、真琴を抱いているのが自分でない事も。何もかも。
でも。だけど。
興奮した。喘ぎ、紅潮し蕩ける顔を惜しみなくどこの誰とも知らない男に見せる真琴に…。
青姦なんて趣味が悪すぎる。そう思ったけれど、知れてよかったような気もする。真琴のあられもない姿を、見れた事が、嬉しかったのかもしれない。…たとえ、それを引き出したのが自分でなくても。
腹にくっ付いてしまうのではないかと言うくらいにいきり立った遙のそれは、だらだらとカウパーを垂れ流しているのが、下着越しからもよくわかる。
家に帰ったらきっと想像して抜いてしまうんだろう。
いままで想像で何度も抱いてきた真琴が抱かれている所を、何度も思い返すんだろう。
「クソッ!」
悔しい、悔しい。
勢い良く玄関のドアを開ける。相変わらず鍵はかけていない。
そのまま自室に向かう事なく玄関の鍵を締め、そのままその場で抜いた。
「ふ、…真琴…ッ」
何度精を吐き出しても、虚しくなるだけだった。
快感で塗りつぶされかけた感情が、吐き出せば吐き出すほどふくらみ、暴走しそうだった。
(くるしい)
醜い感情は精のように吐き出し、解放される事がなかった。
(…真琴に会いたい。)
引き上げてくれる手が、男によって汚されていたとしても、それでよかった。真琴だったら、何でも良かった。



また逢って、その直後。
フワフワとした頭では一度言われても頭に入ってこなかった。遮断していただけかもしれない。
「お前、いつも何してるんだ。」
『あの男と』
心臓が止まるかと思った。いや、止まってくれと思った。
このまま死にたいと、何を言っているのかを理解した頭で、心で思った。
「な、んの事?」
見え透いた嘘だって分かっていた。こんなの、遙に通じる訳がない。それも分かっていて、形だけの否定をした。
それが遙の逆鱗に触れると言う事は、思いもしなかったけど。
「誤摩化すな!あいつに、抱かれてんだろ…!なんで、なんでだ…真琴!」
ああ、本当に遙は全部知っているんだ。
汚れてしまった自分を、知ってしまったんだ。
遙が泣きそうな顔をしても、肩を掴まれても、全然遙の気持ちが理解出来なくなっていた。考えている事が分かる訳がなかった。2人の世界はもうなかったから。
少し、違う、心を互いが閉ざしているんだ。きっとそう。
だって、俺の心なんてのは、知らないでしょう?
「…ハルの代わり」
「は?」
「遙の代わり!!!俺は!……別にこんな事望んでない。」
抱かれたいのは遙だけ、いつだってそうだ。
何度も思った。遙を受け入れたいと。遙を俺の中に還すんだ、と。
ただ、それを伝える勇気を真琴は持ち合わせていなく、逃げた。
いつからだったか、遙と対峙すること、ここの内側を晒して向き合う事が怖くなっていた。


失敗した。何もかも大失敗だ。
勢いで真琴を糾弾していた。こんなつもりじゃなかった。
「真琴…好きだ…クソッ」
お互いがお互いを分からなくて、迷走していた。
こんな風に遙が責め、真琴が引き下がらずで、互いを引き裂いてしまったのは初めてだった。
2人があまりにもいつもくっ付いていたから、それを咎めているのかもしれないなんて思った。
遙にとっては、息ができないほど苦しいのに。これではあんまりだ。




遙に見られた。その衝撃よりもよっぽど今しがた自分が発した言葉が重く真琴にのしかかっていた。あんなことを言うつもりはなかったのに。これでは想いを伝えてしまったのと同じだ。
遙を性的な目で見ている。これがばれたらいけなかったのに。何をやっているんだ。
「はああああ・・・」
ため息を吐くと同時にその場に崩れるようにへたり込む。全身の力が抜けて足腰が立たない。
何て言えば正解だった?
ついカッとしただけで殆んど条件反射で出た言葉だったから、後の後悔は大きく、思い返して正解を探る。
ただ、男が好きなんだ。それだけでも言いたくない。興味本位・・・これも言いたくない。レイプされてた・・・どう見ても悦んでた。だからって・・・。
「遙の代わり・・・」
そう、遙の代わり。代わりに何てならなかったって分かってるし、遙の代わりなどどこにもいないと本当は痛いくらいに理解している。
ボロリと大粒の涙が溢れてこぼれて、一度こぼれたらもう止まらなくなって、嗚咽まじりに何度も遙の名前を呼んだ。好きだった。ううん、今だってこんなにも好きだ。
あんなみっともない姿を見て、どう思っただろう。幻滅したんだろうか。あんなに怒った様子の遙は初めて見る。いや、もしかして詰め寄りたくなるほどに気持ち悪かったのか。
いっそ死んでしまいたい。死ねないのなら、思考を止めさせてくれ。せめて、せめて溢れる遙への想いを消してくれ。
「ハル・・・本当にごめんね」
何度この言葉を口にしたか分からない。泣きながらその日は部屋に閉じこもった。
「おにいちゃーん?どうしたのー?」と問いかける蘭と蓮。
自分たちだってあのころは、と考えてしまって。無邪気で純粋な声を聞けば聞くほど目は冴えて行き、眠りたいのに、眠りたくてもちっとも眠れやしなかった。


次の日、真琴は遙のもとに姿を現さなかった。
案外なんでもない顔で、昨日のことなんてなかったみたいにやって来るかもしれない、などと期待していたから、心底がっかりした。夢ではないということにも。
とにかく早く話がしたかった。
何度もリフレインするあの言葉の真意を、自分なりに考えるとどうしても都合のいい方向に向かって、ぬか喜びだったときどうしたら良いのか分からないから早く、答えを知りたい。
『遙の代わり』
それってつまり俺とそういうことシたいんだろう?そうだって言ってくれよ。
俺を好きって言ってくれ。そうすれば俺もだって恥ずかしいけど言えるんだから。
今までの欲望を全部ぶちまけさせてくれ。フラストレーションが溜まりに溜まってるんだから。
なのに真琴は学校にすら来なかった。
家にも上がらせてもらえない。久々に使おうと思った携帯は機能が多すぎて面倒だ。電話に出る訳がないからメールをしたが読むのかも分からない。
そこに好きだとでも書いてやろうかと思ったけど、こういうのは直接言いたいからと、ぐっと我慢した。
『早く学校来いよ』
そう、一言だけ送ってからしばらくして、後悔が始まった。なぜか真琴が泣いている気がして、心がひどくざわめきだした。
きっと、いまの真琴にはこれだけでは伝わらないことが多すぎるんだと漠然と思った。
遙はまだ、世界を守ってる。色恋には疎いが、真琴のことを誰より分かってる。エスパーみたいに。


一方の真琴は何も知らずにただ、遙の予想通り泣いていた。
なんで、と言われても分からなかった。早く来いと言われたことが嬉しくて?それがなにを意味するのか分からないのが怖くて?あの時のことなんてなかったことにできるの?ううん、そんなわけ。
そうやっていろいろ考えてみても本音を透かしてみれば遙に会いたくてたまらない自分と、会いたくない、現実を見たくない自分がせめぎあっていただけだったような気がする。
自分の考えすら理解ができなかった。いよいよだめになったんだと思った。
そういえば、遙を海に還して何がしたかったんだっけ。
自ら遙を宿して、傷つく前の遙をもう一度作り上げて、大好きなハルちゃんと、2人だけの世界で過ごしたかったんだっけ・・・。
馬鹿な考え、いっそ愚かとも言っていい。できる訳がないし、それはもう遙ではない。良いように言えば真琴と遙の子供で、現実を突きつければ、ただの精子と汚らしい腸液だ。
しかも、2人の世界だったらいまの大好きな遙にはならない。
それも痛いほどに理解しているから、今更悲しいのかもしれない。
熱に浮いた頭では、ただ事実を告げるだけで済んだ。でも、いざ考え込むと非常に残酷に心に突き刺さる言葉だった。
『ここに海なんてないんだよ』
「・・・うん、知ってるよ」
反芻してみると、その通りだし、なんでそんな風に現実を見れるのか、今の真琴には分かりゃしなかった。
震える声はみっともない。でも、昨日の自分の方がもっとみっともない。
海の底に沈んでしまいたい。住み着く魔物にさらって食い散らかされたい。そう、思いながらまた泣いた。
現実になればいいと思った。



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