Free! #あなたを海に還したい



遙の泳ぎが好きだ。
イルカみたいに優雅で、綺麗だから。
初めて見たときから、ずっとずっと真琴を魅了して、惹きつけてはなさなかった。
勿論渚も凛も怜も、惹かれてはいるのだろうが、真琴が引き出したと言っても過言ではない今の遙の泳ぎ。
原点に帰れば2人だけの狭い世界だったのだ。
真琴がいなかったら今はなく、遙がいなくても今はない。
この2人だから、こうして今の世界がある。
それが壊れていっていると、真琴には分かっていたけれど、止められなかった。
遙は変わっていなくて、真琴が勝手に変わっていくだけ、頭では分かっていても、想いは止まらなかった。
(気持ち悪い)
自分でもおかしいとは分かっているんだ。男同士で、嫌悪の対象と言う事も、分かっているんだ。遙にとっても、そうだと言う事も…。
2人の世界の均衡は崩れ、真琴の心がすり減り続ける事によってなんとか形を保っている。真琴にはそう感じられた。
遙が好きだ。遙が好きだ。好きだ。誰よりも何よりも、自分よりも大切だ。
「ハル…ごめんね、ごめん…」
思いに蓋をする方法も知らずに。何度も何度も、涙を流した。
凹凸の関係だったら良かったんだと、思いを伝える事もできない男であると言う生を否定するまでに、真琴の心は憔悴しきっていた。



有り体に言えば、遙に性欲も何もかもひっくるめて欲情している訳で、遙から愛されたいし、セックスがしたい。何方かと言えば、真琴が受け入れる側で。
男なんだから挿入する側ではないのかと問われたなら、真琴は首を振るだろう。真琴は遙のすべてを包み込んでしまいたい。遙を受け入れ、腹の中に遙を感じ、還る筈もない海に還したい。遙に抱いているのはそんな感情でもあった。
…できる筈がないから、真琴はこうしてここにいるのだが。

「おじさん、こんにちは」


衣擦れの音がやけに五月蝿く響き、くらくらする。
この男と会うのはもう何度目か。いつからか数えるのを放棄していたが、片手では済まないだろう。
真琴が受け入れる側に向いていると言う事は、シミュレーションでも、現実でも、嫌と言うほどに身体に叩き込まれた。
漠然と受け入れたい、と言う思いから男に抱かれてみたが、想像以上に順応している自分が怖くてたまらなかった。
それでも、そのセックスが忘れられなくなって。
月に一度ほどのペースで男の元へとやってくる。
ある種の発作のようなもので、月に一度、耐えられなくなる。どうしようもなくセックスがしたくなる。
「やあ。そろそろくると思ってた。」
「久しぶりに、あいたくて。駄目ですか…?」
「はは、もっとストレートに言ってよ。会いたい、じゃないでしょ?」
きゅ、と繋いだ手を一層強く握りしめて、真琴は恥ずかしそうに俯き、小さく呟いた。
「…抱いて、ください」
「いいよ、おいで」
人の良さそうな八の字眉を更に垂れ下げながら顔を悦に歪ませる真琴は、傍から見ればあどけなくて、こんな空間には似合っていないのに。
厭らしい目でみてしまえばそこまでで。…どこまでも劣情を掻き立てられる。
筋肉の付いた男らしい体躯を持ち合わせた真琴が、かぶりを振って、塩素で痛んだ髪の毛をぱさぱさとシーツに押し付けながら、体液をまき散らしながら、乱れる。
「ふぁ…ぁ、ッン…んん…」
控えめな喘ぎ声が甘ったるくて、脳髄まで蕩けそうになる。
何度となく男の欲望を受け入れた排泄孔は女性器のように柔らかく、けれどぎゅうぎゅうと男のイチモツを締め付け、男の身体を、頭を、溶かしていく。
初めて抱いた時から何度となく調教を重ねたが、男が想像しないほど淫らに真琴は育った。
はじめから男に抱かれる為に生まれてきたのではないかと錯覚するくらいに。
引き抜くたびに行かないでと強請るようにきゅっと締め付けを強く、突き刺すたびに待ち望んでいたと言わんばかりにやんわりと受け入れる孔。
「真琴くんのメス孔、ホント気持ちいいよッ!このまま、ナカ、していいかな!?」
「ァ、ああッ、な…か?や、ナカしちゃ、や…んァッ、なか、なかだめ…だめ、だめッ、だめぇッ」
真琴が蕩けた瞳を見開いて、涙をぽろぽろ流しながらだめだだめだと何度も譫言のように言うから、男の加虐心は止まらなくなる。
「駄目じゃないでしょ?きもちいくせに。ホラ、ホラッ!」
抜けてしまうほど腰を引いて、穿って。
「ひぅ…!う、ぁ…あ!ああ…!」
それを何度も繰り返すと真琴の思考回路は1ミリも働かなくなる。
若草の瞳が、涙と快楽に揺れ、どこかに飛んでいく。
そうしてしまえば、後はこっちのものだった。

「ふぁ…あ、あー…やら、だめ、きもち、おれ、おかひく、なる…」
まともな言葉を発する事もできなくなって、呂律も回らずただ意味のない声を発し、弱々しく喘ぐだけ。
「おかしくなればいいよ。ナカ、気持ちいいでしょ?」
「うんッ、ナカぁ、ナカ、きもひ、もっと、もっとしてぇっ」
ドロリと真琴の中に放たれた精は、卵子を求め彷徨い、空気に触れ死んでいく。
孕む事のない腹の中にほんの僅かな時間とどまり、そして死んでいく。
なんて意味のない行為だろう。
いつだって終わった後には後悔と虚しさだけが残って、他には何も残らない。
女のように喘いだって、排泄孔が女性器のように緩かったって、本物の女に、…遙の子を孕める身体になる訳じゃない。
そう思い知らされるから、真琴は本当に発作的に欲求がたまったときにしか、こんな行為を求めたりしない。
(気持ち悪い)
いい加減、嫌気がさす。
自分の身体はどんどん男を受け入れるようになっていった。
自分が自分ではいられなくなる。
遙を諦める為にここに来たのに、より遙を求めるようになった。
…自分の愚かな行動によって、どんどん自らを追いつめていた。

「じゃあ、またね」
「………ありがとう、ございました」
いつだって残るのは後悔だった。
こんな事は遙への想いがなければ起きなかった。
ならば今、遙への想いが消えてしまったら、こんな男に会う必要はないのか、と問われたら、それは否だ。
真琴の身体はもう取り返しのつかない所まで開発されている。
また、求めてしまう。
遙を好きじゃなくなっても、きっと。
もう、戻れたりはしない。
あの頃みたいに純粋な目で、遙を見る事はできない。
2人だけの小さな世界で生きていた、何もかもが綺麗だったあの頃には戻れない。
汚れてしまったのは思考だけじゃなくて。身体だけでもなくて。真琴を渦巻く世界だった。
2人の世界は愚か、綺麗な自分にも、戻る事はできないのだ。
それを嫌と言うほど分かっているけれど、何度も何度も心に刻み付けられる度、何度でも、枯れない涙が出た。

遙の世界だって変化しているなんて、考えもしなかった。


とても大切な幼馴染みがいる。
少し臆病で、誰よりも優しい。
遙の事を誰よりも知っていて、見守ってくれる。
生温い優しさだけじゃなくて、遙が道を誤りそうなときには軌道修正してくれる。遙だって、同じようにしてきた。意図せずとも。
共に歩んで来たし、これからも歩んでいける。
そんな大切な存在。
そんな、大切な存在を。
いつしかおかしな目でみてしまっていた。

夢の中で何度も犯した。
掻き抱き暴いたナカはキツく、初めてなんだと理解した。
夢心地でふわふわ浮遊した頭は、痛みとショックで涙を流す親友を見て毎回ハッとするのだ。
(何をしているんだ、俺は!)
夢のような時間はあっという間に過ぎ去り、勢い良く起き上がれば、朝の4時。なんて事がここ最近当たり前になっている。
嫌な汗が吹き出て、ドッドッと高鳴る胸の鼓動が痛いくらいに響く。
「ッあ…ゆ、め…?」
そうして夢である事に安心したり、幼馴染みで同性である真琴に劣情を抱いている事を申し訳なく思ったり、思いを伝える事ができない事に、悲しんだり。
まるで変わらずお互いがお互いを想って、お互いがすり減っていた事に、真琴も遙も欠片も気付いていない。
そんな関係にも、疲弊憔悴にも、終焉の時は訪れる。
思いがけない形ではあったけれど。


「まこと…?」
珍しく部活を休んだ真琴を、こんなところで見かけなければ。




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