Free! #君と手をつないで



何かをあげる事に慣れすぎていると、彼自身は気付いていない。
それが当たり前ではないという事、誰もが出来る事ではないという事。たくさんの事に気付かない。気付いても、きっと『俺が満足なんだ』と笑う。
七瀬遙はそれが気に入らない。
妹弟が生まれたときから、真琴は幼いながらに完全なる『与える側』に行ってしまった。遙を置いて、だ。
一緒に過ごしてきたのに、たくさんの経験が違う。
学校のことだって、すべて行動を共にしている訳ではなかったし、環境も違った。思う事が完全に一致するなど、どこまでいっても【他人】であるのだからあり得ない。だから、同じ経験をしたところで結果は同じで、きっと遙に蘭と蓮のような妹弟が出来たところで今のような無愛想な遙が出来上がっただろう。
誰にでも愛想を振りまく橘真琴に、少し憧れたりもする。
というか、完全にあれは悪癖のレベルで、少しでいいから分けろ、言いたいくらいだ。
分け合えばきっとちょうどいいのに。こんな無駄な嫉妬や不安を抱かなくても済むのに。
遙が何かを人に返したいと思い、そしてそれを行動に起こすまでに心の中でどれだけのプロセスを踏んでいると思っているのだろう。
遙は基本的には人に無関心で、本当に理解してもらいたい人間にしか関心が向かない傾向にある。
そんな所を理解しきっているから、必ず間に真琴が入ってくれる。
飼いならされた動物が野生に帰れないように、真琴が甘やかすから、どんどん遙はコミュニケーション能力の欠如した人間になっていった。
(お前のせいだ)
そうは言っても、面倒な事は真琴に任せてきたのは遙で、すべてを真琴が進んで行ってきた訳ではない。
お前の所為でこうなった、などと言える立場でないということも分かっているのだろう。
それでも認めたくないのは、与える事に長けている真琴にいつだってヒヤヒヤすると同時に醜い嫉妬心を、相手に抱いてしまうからだ。
(いま真琴は俺と話してるのに。)
そんなくだらない嫉妬、そしてそれでも動けない自分の不器用さに対する怒り。
それらに気付かないで笑う、察しの悪い幼馴染み。
もう限界だった。
自分が動くしかないということは、凛との事で散々身にしみていたのに。


「お邪魔します。」
真琴の家に遙が泊まる事は、蘭と蓮の子守りに付き合っている為よくあるのだが、今回はたんまりと出た課題に集中する為に遙の家に真琴が泊まりにきた。
共に帰路についた遙しか家に居ないのに、律儀にお邪魔します、と真琴は言う。
時折「ただいま」と間違えて言うことがあったが、今はそれもない。
それでいいのに、と、思う。
そういう関係になりたいと思うのは、遙だけなのだろうか。
「…ただいま」
そういう意味も込めて発した言葉だったのに、真琴はさらりと「おかえり」と言ってくる。
それが二人の日常で、真琴が遙以外にもそういう事を言うのかは分からない。
「真琴」
「ん?」
ここで遙はそれを適当に流して、さっさと鯖の調理にかかるのが日常だった。今日までは。
「お前が好きだ」





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